「ルーシィ」
「あっ…え、えと」
「今、良いか?」
「う、うん…」
ナツの声は、普段よりもずっと落ち着いていて低い。彼独特の、自分のペースに巻き込んで相手を振り回すような空気も見当たらない。反応を少しも逃すまいとでもするかのように、じっと、ルーシィを見つめていた。
緊張に舌が乾く。ルーシィは彼の瞳を見返しながら、無意味に自分のポケットを探った。
「こ、ここ、で?」
「場所なんてどこでも良い」
ナツはルーシィの足が小さく後退りしたのを見て、急いで彼女の左手を掴まえた。後ろめたいことを隠すように、彼女はびくりと肩を揺らして俯いてしまう。
(やっぱルーシィのイタズラなのか)
とんでもないことを仕掛けてくれたものだ。苛立ち半分、ナツは強めに呼びかけて顔を上げさせた。
「お前、オレになんか言うことあんじゃねえの?」
「な…ないわよっ、あんたでしょ、言いたいことあんのっ…」
しまった、と思ったときには大体のことは遅い。例に漏れずルーシィにも後悔だけが残った。
(促しちゃった…っ)
ルーシィはナツが嫌いではない。一緒に居ることは自然で安心するし、楽しくて幸福も感じる。もちろん、好きだと思う。
しかし恋愛のそれかというと自信がない。そして、そうじゃないという自信もない――。ナツに今好きだと告げられても、返すべき答えを持ち合わせていなかった。ただただ、戸惑う。
出来れば、考える時間が欲しい――自分の思いを。
ナツはえ、と喉に詰まったような呟きを漏らした。
(ルーシィじゃねえのか?)
しかし自己申告しろということは、まさか。
「き、気付いてたのか?」
顔が熱くなる。炎の出力がみすぼらしくなったことを、ナツはルーシィにだけは知られたくなかった。まだ幼い頃から付き合いのあるグレイや他の連中ならともかく、彼女は今のナツしか知らない。幻滅されたくない。
彼女に対する想いに自覚はなくとも、それはしっかりとナツに根付いていた。他のことならともかく、魔法については格好良い自分でありたい。ルーシィの前なら、尚更――その気持ちすら見透かされたようで、ナツは慌てた。
ルーシィが目を泳がせてまごついた。ちらりと後ろを振り向く。
「気付いてって言うか…そ、そうなのかなって……」
「お、オレこんなの初めてで、どうしたら良いのかわかんなくて」
「ほ…ホントに?ホントにそうなの?」
「カッコ悪ぃよな、オレ…」
情けなくて、また泣きたくなる。
項垂れると、繋いだままの手が、きゅ、と握られた。
「そっ、そんなことないよ!」
ルーシィはナツを見上げるように覗き込んだ。
自分のことでこんな風になってくれるのを、誰が格好悪いと思うだろうか。
(嬉しいよ、ナツ…)
温かい想いが、胸の中に広がっていく。その中心に、自分を見付けることができた気がした。
ルーシィは潤みがちなナツの目をしっかりと見つめた。今なら、ちゃんと受け止められる。
「あの…ナツ?」
「ぅん…」
「ちゃんと、言って」
「笑うなよ?」
「笑わないよ」
(?)
グレイは首を傾げた。ルーシィの様子がおかしい。加えて言うなら、ルーシィの後ろで手を取り合っているジュビアとレビィも。
(なんか期待してるような…ん?)
後頭部の横に気配を感じて振り向くと、青い猫が居た。
「おう、ハッピー。今出勤か」
「おは!ちょっとお魚屋さん寄ってたんだ」
ハッピーはにやりと笑った。
「どう、もうナツと喧嘩した?」
「あ?」
「まだかー、きっと驚くよ。ぷぷ」
得意げな顔で頷く。ぱちんと風船が弾けるように、真相が見えた気がした。
「もしかしてお前、ナツの炎…」
「あ、バレてたの?そう、オイラ今朝ナツの水に火薬草を混ぜたんだー」
それは魔植物の一つで、魔水晶の力を底上げするために使用されることが多い。
普通の魔導士でも効果があったかどうかわからないが、滅竜魔導士の魔力は特殊だ。どんな作用があっても不思議ではない。
ハッピーは目をキラキラとさせて言った。
「すんごい炎出たでしょ?」
「ああ、そうだな…見たこともねえのが出てた」
「やったあ!…で、ナツとルーシィは何してんの?」
「さあな……」
そっちはさっぱり理解できない。グレイはもじもじするルーシィと言いよどむナツを眺めて、首を振った。
ハッピーが空中で嬉しそうに手を打つ。
「あ、わかった!ナツは炎の勢いでルーシィに告白しようっていうんでしょ?わあ、オイラ、キューピッドだ!」
「……そんな流れじゃなかったはずなんだがな」
確かに、雰囲気だけ見ればそうとしか思えない。
「え、えと。ここで、か?」
「場所なんて……どこでも良いんじゃなかったの?」
「う……うん、ん」
「今、聞きたい、な」
「う、うん」
潤んだ瞳で見つめ合う二人が、なんだかむず痒い。
グレイはなかなか言い出さないナツに焦れて、もう知らん、とその場を離れた。