「どうかした?」
「……あの、よ」
彼は少しだけ躊躇いを見せた。珍しくも、こちらを見ずに続ける。
「彼氏って聴こえたんだけど」
唇を動かさない、口ごもるような喋り方で、彼はちらりとだけ彼女に視線を送った。
「オレ、ルーシィがそんな風に思ってたなんて知らなかった」
ただ単純に照れた様子だったなら、慌てるだけで済んだだろう。追い払うための口実だから、と説明できたかもしれない。
しかし、彼はそうではなかった。明らかに――ムッとしている。
ナツははぁ、と大きく溜め息を吐いた。煩わしそうに頭を掻く。
「でもよ、そういうんじゃねえだろ。ったく、女って面倒くせぇな。なんですぐそういう風にしたがんだよ」
何かが空から降ってきた。実際は何も降ってこなかったのだろうが、ルーシィは確かに頭に衝撃を感じた。くらりと眩暈がする。
「勘違いって、誰にでもあっけど。少しはおかしいと思えよな」
「……」
言葉が出てこない。
勘違いはナツの方だ。元々そんな話ではない。だがしかし、ルーシィにとっても彼氏と発言した経緯など、問題ではなくなっていた。
目の前が白くなっていく。呼吸すら、満足に出来ていなかった。何が自分にショックを与えているのか、わかりたくもない。
ナツが容赦なくダメージを上乗せした。
「なに傷付いたみたいな顔してんだよ」
「べ、つに……」
「お前が勝手に思い込んでたんだろうが」
「そ……」
ナツの声が段々と低く、鋭くなっていく。縋るものが欲しくて探すも、子犬座の星霊は桜色の隣。
「ルーシィ」
恐る恐るといった風情でハッピーが歩み出てくる。ルーシィは泣きそうになりながら彼に手を伸ばした。
抱き締めた青い猫は、とても……温かかった。
「ルーシィ」
「ん…」
肌触りの良い柔らかな毛が手のひらを擽る。このまま逃げ出してしまいたい――。
しかしひょい、とあっけなくハッピーは奪われた。
「な」
「だからっ!」
ナツは猫の首根っこを掴んだまま、苛立ったように足を踏み鳴らした。
「ハッピーはお前の彼氏じゃねえって言ってんだろ!」
「…………え?」
かくん、と首が斜めになる。処理能力が追いつかない。
「ごめんね、ルーシィ。オイラ、シャルルが好きなんだ」
「……は?」
「ルーシィのことも好きだけど、彼氏にはなれないよ」とハッピーはヒゲを下げた。ぶらり、と手足と尻尾が垂れ下がる。
これは。つまり。
「そりゃいつも一緒だとは思うけどよ。だからって猫と付き合ってるとか思うか、普通」
「引くわー」と嫌そうに言ったナツが手を離したと同時に、ハッピーの背中に翼が生える。
ルーシィは空中に浮かぶ彼をがし、と掴んで、完全に油断しているナツの顔面に投げつけてやった。
「ハッピーアタック!」
「おわ!?」
「ふぎゅ!?」
今度はちゃんと攻撃が当たった。
傾く肩から飛び降りたプルーが、すたん、と着地して華麗にポーズを決めた。