やだ……怖い――。
ナツに何かの反応があった。笑った、ような気がする――が、その変化を最後まで見届ける余裕がなく、ルーシィは慌てて青い猫を見下ろした。
「――よね、ハッピー!」
「は?」
渇いた音がナツの口から漏れる。周囲に色が戻って、ルーシィは強く目を瞑った。瞬きを忘れていたのか、軽い痛みが走る。
まるで何かに操られていたようだった。自分じゃない、何かに。
ハッピーが元気に答えた。
「あい、オイラ、ナツ大好きです!」
「お…おお…ありがとな」
呆然としたような声だった。まだ彼を直視することが出来ないでいると、ハッピーが小さな手を挙げるのが見えた。
「ナツ、いつ元に戻ったの?」
「へ?」
声がすっぽ抜ける。思わず顔を上げると、ナツはぶんぶんと首を振っていた。
「い、いあっ!?も、ももも、戻ってねえよ」
勢い良く否定するも、泳いだ目が雄弁に語っている。
ナツは二人の視線に耐え切れなくなったのか、ぷう、と頬を膨らませた。
「オレが死ぬっつってんのに余裕ぶっこいてやがるから」
「は、はあ?」
「なんか勝手に死んでれば、みたいな感じだったろ。そんなん…」
ナツは唇を尖らせたまま、瞳を不安げに揺らした。
「お前、オレのこと嫌いじゃねえよな?」
「だっ、だってっ、死なないでしょ!?」
「うー…そりゃそうだけどよ」
マフラーの端が指先で弄られる。項垂れた首はまだ本調子ではないことを物語っていた。
「ちょっとくらい、心配してくれても良いじゃねえか」
「……心配、ね…」
はあ、と大きな溜め息がルーシィの心の底から吐き出される。どっと疲れて、肩を窓に凭せ掛けた。
違った。ナツはそういう意味の『好き』をルーシィに求めたわけではなかった。
わかってた――ような気もするわね。
確かに、この方がしっくり来る。ナツが自分に恋愛上の好意を求めるなど、突然すぎる。
しかし、これで良かった、と手放しで喜べない自分にも、ルーシィは気付いていた。納得の陰に、痛みが走る。
ハッピーが尻尾を座席にぽとんと落とした。
「なんだー…オイラ、面白いことになったと思ったのに。残念だね、ルーシィ」
「あたしに言うな」
含み笑いをする猫を睨んでやると、その身体が大きく揺れて転がった。外の景色がゆっくりと動き始める。
座席にどろりと身体を沈ませて、ナツが呻いた。
「死ぬ……ルーシィ、膝枕…」
「……知らない」
どうせ、それほど長い時間ではない。
ルーシィは流れる風景を目に映してから、ゆっくりと瞼を下ろした。自分の口から出た、あの『好き』の熱を考えるために。
がたんごとん、列車が揺れた。