上機嫌で戻ってきたルーシィの手の中を見て、ナツは首を傾げた。
「なんだ?」
「えへへ」
がさがさと茶色い袋を開けて、彼女が取り出したのは――小さな木箱。
「今日は仕事が報酬満額だったから、記念に買ったの!」
蓋にシンプルな飾りが彫られたそれは、一体何を入れる物なのか想像できない小ささだった。ギルドのジョッキになら軽く入ってしまうだろう。
「何入れんだよ、それ」
「ピアスとかペンダントとか……てか、入れる物なんて何でも良いの!ここの名産品なんだって、可愛いでしょ?」
彼女の笑顔は光輝いている。ハッピーが彼女と箱を見比べた。
「こうしてルーシィの無駄遣いが増えていくんだね」
「無駄言うな!」
金欠を嘆きながらも、貰った報酬に即座に手を付けるあたり、ルーシィは金離れが良い。依頼書通りの金額を貰えたことが、よほど嬉しかったのかもしれないが。
ルーシィは膨れたものの、表面だけなのがすぐわかる。大切そうに手に包まれたその木箱を見ているうちに、ナツは自分も嬉しくなってきた。
「はは、じゃあオレもなんか買うかな」
「え?」
「ルーシィの無駄遣い記念」
「ちょっと!無駄じゃないわよ!」
そう、無駄ではない。木箱はまた一つ、ナツの知らないルーシィに会わせてくれた。報酬を貰って、自分に褒美を買う、可愛いルーシィ。記念というなら、そんな彼女を見れた記念だ。
もちろん、そんな恥ずかしいことは言えない。膨れる彼女を手で制しながら、零れた笑みを自分で拾う。こんなやり取りが、今は楽しくて仕方がない。
木箱をカバンにしまう彼女を待って、ナツは通りの向こうを指差した。
「あっちに露店みたいのあったよな。行ってみようぜ」
「うん!」
「あい!」
知らない街を、三人で歩く。見慣れない品が並ぶ店先をルーシィの瞳がきらきらと映しているのを見て、ナツは目を細めた。
「こういうの良いよな」
「うん?」
「記念日が増えてくだろ」
初めての場所、初めての空気――そこに、いつもの三人。楽しくて嬉しくて、勝手に顔が笑う。
きっと今日この時、ここに来たことを、ナツは忘れない。
「オレとルーシィとハッピーと、色んな記念、作ろうな!」
「あい!」
元気良く、青い手が上がる。ナツは足元の相棒と笑顔を交わした。
「明日は何記念にするよ?」
「オイラお魚いっぱい食べる記念ー!」
「お、良いな、報酬も入ったし、明日はぱーっとやるか!」
「あいさー!」
ふと、横に居たはずの気配がないことに気付く。
振り向くと、ルーシィは両手を胸の前で握り締めて立ち止まっていた。
「どした?」
「んん…、今日は記念日だなあって思ったの」
まるで夢の中に居るような顔で、彼女が微笑む。それに心臓が鷲掴みされたように感じて、ナツは首の後ろを掻いた。
「報酬満額記念、だろ?お前が言い出したんじゃねえか」
「そうじゃなくって…もう」
「ん?」
ルーシィはくす、と笑うと「ううん、なんでもない」と首を振った。馬車が通って、道が揺れる。
それを目で追った隙に、ぐい、と腕が絡め取られた。
「お?」
「ハッピー、おいで!」
「あい?」
ナツを引っ張るように腕を組んだルーシィは、反対の手でハッピーを抱き寄せた。そのままこちらを見上げたかと思うと、満面の笑みを浮かべる。
「行こ!」
「…おう!」
「あい!」
長い尻尾がゆらりと揺れる。
ナツは彼女に負けじと牙を見せて笑った。