静かだった。
ルーシィはウィルフレッドのことを考えているのか何も言わない。視界の中のヒールも、動かない。
ざわりと木々の葉が揺れる。動いた木漏れ日に、そういえば今日は良い天気だったと思い出す。屋外に居るのに空を見た記憶がない――。
ふと、違和感を覚えてナツは顔を上げた。

「…いねえ」
「え?」

さっきまでそこに居たはずの男達の姿が、無くなっている。
ナツは慌てて木の陰から出た。くん、と鼻を鳴らす。

「あっちだ」

幸いにして匂いは残っていた。
どれだけ離れたかはわからないため、走れば気付かれるかもしれない。ナツは早足で急ぎつつ、目を鋭くした。

「無駄な話ばっかしてっからだ」
「無駄…」

ルーシィが指先で鍵を鳴らした。

「あたしにとっては大事なことよ」
「…そうかよ、そりゃどうも済みませんね」
「何よ、その言い方」

むっとしたような返事だったが、ナツはそれ以上に不愉快だった。口も声も、思考も尖る。

「お前の色恋沙汰なんか、こっちは興味ねえんだよ」
「……」
「浮かれてんじゃねえよ、男に告られたくらいで」
「浮かれてなんか」
「浮かれてんだよ」

ナツは足を止めた。振り向くとルーシィの頬は紅潮していて、さらに気に食わない。

「ウィルウィルウィルウィル言いやがって、お前、アイツのことばっか言ってんの、自覚してっか?」
「なっ…そんなことないでしょ!?」
「いーや、ある!昨日からべったべたして、頭おかしいんじゃねえの!?」
「べたべたなんてしてないわよ!」
「性格良さそうな奴だもんなあ、そら調子にも乗るってか!?それとももう惚れたのかよ!?」
「だから…!」
「いてえ!?」

ばちん、と両頬が挟まれた。逃げ場のない分衝撃が脳に伝わる、両側同時ビンタに目が白黒する。
ルーシィはぎりぎりと歯を鳴らした。

「アンタ一体何見て生きてんのよ!?」

彼女の表情は怒りと悲しみを混ぜたように見えた。
言いすぎであることは自覚している。しかしどうしてか、ナツはルーシィが傷付くことに充足感のようなものを感じていた。これで気が晴れることはないとわかってはいるものの、小さな後悔は飲まれて消える。
荒げた声はナツの口を勝手に動かした。

「暴力的だな!アイツはこういうとこ知ってんのかよ!?この猫かぶり女!」
「はあ!?」

細い手を振り払って、ナツはぺっ、と唾を吐き出した。

「まあそうだな、黙ってた方が良いよな?こんな凶暴なの、好きになる奴なんかいねえし」
「っ…」
「安心しろよ、オレも言わねえから!」
「あっ…、ああそう!ありがとうね!」
「おうよ!」

ルーシィが唇を噛むのが見えたが、ナツは鼻で笑った。きゅぅ、と胸の中心が痛む。錐の先で穿った穴が、じわじわと腐って広がっていく。
そこを埋める術は、ナツにはもう見付けられなかった。

「でもウィルならあたしが暴力的…じゃないけど、そうだとしても変わらないと思うけどね!」
「ああそうかよ!」
「良い人だもんね!話も面白いし!気遣いだって上手いし!あたしのこと、真剣に好きだって言ってくれるし!」
「そうかよ。だったら、」

それは言ってはいけない言葉だった。しかし歯止めがきかない。いや、止めようと思うほど冷静に考えられなかった。

「付き合えば良いじゃねぇか!!」

響いたそれは、生き物のようにナツに絡みついた。はっとしつつ、それでも抜けきらない感情が、足元でだん、と響く。

踏み込んだ地面が、目映い光を放った。






勝手にしろよ!


次へ 戻る
main
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -