Someday


小さな小さな頭と手が、逞しい火竜の腕に寄りかかって包まれて――寝息を立てる。

『随分向いてねぇの連れてったな……』

ギルドを出る時、耳の端に聞こえたグレイの呟き。その時は人選を誤ったかと思われたが――赤ん坊を抱くナツの姿は、柄にもなく優しく穏やかで、ぎこちなくて。

「……笑ってんなよ、ルーシィ」

勝手に頬が緩むのを、どう頑張っても止められないでいた。


事の発端は、前日の仕事でまたも報酬を減額され、家賃が払えなくなったことだ。
納入期限は明日なのに、即金や翌日払いの仕事がなく、目処が立たないのだ。

『ルーシィ、ちょっといい?』

買い出しから戻ったミラジェーンが、住所の書かれたメモを差し出す。聞けば急にベビーシッターを頼まれたと言うのだ。

『即金二万Jですって』
『でも、私に赤ちゃんの世話なんて……』
『大丈夫よ。ルーシィは面倒見もいいし、見かけによらず家庭的だし』

褒められているのか貶されているのかわからなくなりつつも――背に腹は代えられない。二つ返事で引き受けることにした。

『わ、ルーシィ仕事行くの?』
『悪いけど、ハッピーはお留守番よ』

アレルギーの可能性を考慮してお預けを喰らい、ぽてんとカウンターに突っ伏した。
しかしそれを見て笑っていたナツにぴっと指をかざし、有無を言わさぬ笑顔で、

『ナツ、一緒に行ってあげてね』
『なっ……、やだよ!』
『一人じゃルーシィだって心細いじゃない。責任取るつもりで、タダで……』
『しかもタダかよ!?』
『誰のせいでピンチだと思ってんの?』
『ぐ……。お前、最近性格悪ぃぞ!』

嫌がるナツを引き摺って、ギルドを出る。
一部始終を見守っていたグレイがカウンターに近付き、心配顔で呟くのが聞こえた。


そうして不安半分のまま訪れた依頼主の部屋は、ミルクの匂いでいっぱいで――

「……ナツ、大丈夫?」

嗅覚の鋭いナツは匂いに当てられ、窓辺でグロッキーになってしまった。

「あ・あの……。か……帰る?」
「ああ? ……う――……ん……」

ルーシィはとても心細そうにのぞき込む。
そんな顔を見せられては、残して帰るのは見捨てるのと同じ――出来るわけがない。

「いや……。慣れりゃ平気だよ、多分」

頭を掻きながら立ち上がったところで、依頼主――母親が赤子を連れてやってきた。
ベビーベッドごと部屋に入ってきたのを見た途端、ナツの表情がぱっと変わる。

「うわ、すげぇ! ……小っさ!」

赤子はベッドの上で反り返るように足を突っ張っていた。寝返ろうとしているのだが、あと少しのところで上手くいかない。

「赤ん坊って寝返りも出来ねぇのか? つかオレ、こんな小せぇの初めて見たぞ」

母親から指南を受けつつ、ぎこちない腕に小さな身体が乗っかるように抱かれる。

「首は据わってるけど、まだぐらぐらするから支えてあげてね。……そう、上手」
「お・おお……。なんかふにゃふにゃだ。つかすっげぇ乳の匂い」

赤子を抱いた感動のせいか、呟くナツからは先ほどまでの嫌気は失せていた。

「ダニー、今日はこの人が一緒なのよ。いつもの人はまた明日遊ぼうねって」
「いつもの人……?」

酒屋を営む関係で日常的にベビーシッターを雇っているが、今日は急用で来られなくなったのだという。

「急にお願いしたのに、来てくれてありがとう。さすが“妖精の尻尾”ね」
「え? あ、いえ、その……――はい」

マグノリアは“妖精の尻尾”とともに在る町。そんな身近な人の、ギルドへの称揚。
ルーシィは代表で表彰されるような気になり、むず痒い反面、とても嬉しかった。

ギルドに来る依頼書は、魔導士にとって収入を得る手段だ。だがリクエストボードに依頼書が貼り出されるには依頼主がいて、それ以前にギルドへの信用があって――。

そんな輪の中に自分がいる。

そうして社会や人やたくさんのものと繋がっていることが、とても誇らしかった。








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