「運良いな、アイツ」
グレイは隣のジュビアを見ながら呟いた。彼女は両手を温めるように口元に持っていき、白い息を吹きかけている。
春到来との予報を裏切って、今夜は随分気温が低い。空は重く立ち込めていて、この分だと遅くにでも降ってきそうだった。
「ジュビアも、運、良いです」
「は?」
「グレイ様に、送ってもらえるなんて」
見上げてきた瞳は、この気温には似つかわしくない熱を持っていた。グレイは気付かないフリをして、前方に視線を戻す。
「こんな時間に、女一人帰すわけにいかねえだろ」
「……はい」
ジュビアの声のトーンが、少し落ちた。
罪悪感もあるが、あまり期待されても困る。
ジュビアから向けられた気持ちの方が、強すぎるから。
傷付けるだけだから。
今はまだ、応えるわけにいかない。
それなりに大事に思って突き放しているのだが、ジュビアは常に彼の思考の斜め上だった。
「ジュビア、グレイ様に女扱いされた…!グレイ様の女…!」
「おい」
下がったテンションは妄想のためのワンクッションにすぎなかったらしい。
舞い上がるジュビアを見なかったことにして、グレイは暗い空を見上げた。