スキ





「おーい!」

窓の外から聞き慣れた声がする。聞き慣れた、なんてぼやかすほど、意識の外にあったわけじゃないけど。
あたしは慌てて読みかけの本にしおりを挟んだ。ベッドの上に放り投げて、窓を開ける。

ああ、もう。もどかしい。
だって見えてるのよ。そこに居るの、ガラス越しにはっきり見える。なんで窓にガラスなんてあんのかしら。

開け放つと、冷たい空気があたしにぶつかってくる。二階から見下ろした白い雪の中で、ナツが笑ってた。

「よ!」
「近所迷惑でしょ!」

休日の昼日中とは言え、住宅地。大声出さないで欲しい。ナツはそんなことお構い無しだから、あたしが近所の人たちから半笑いで挨拶されるんじゃない。
でもそれも、毎日のことで慣れちゃった。

「雪積もったな」

あたしの息も、ナツの息も白い。この世界の全てが凍ってしまったみたいだった。ナツの桜色の髪だけが、ぽつんと春を迎えてる。
それが可愛くて、冬はナツを見付ける度にどうしても笑っちゃう。あたしはまた抑えきれなくて、ふ、と息を吐いた。――空気が白く、染まる。
ナツは不思議そうな顔をした。今までは気付かれないようにしていたんだけど、気が緩んでたのかな。やっぱりわかっちゃうよね。

「なんか嬉しそうだな」
「ん、あはは、ナツに会えるとね」
「ん?」
「あっ、そ、そういう意味じゃないからねっ!?」

「冬だからっ!」と理由を告げたけど、ナツにはわからなかったみたい。きょとん、と子供みたいに見上げてる。それはそうよね。あたしでもこんな説明じゃわからない。でも、雪が入り込んだみたいに頭の中も真っ白で、上手く言葉にならないんだもの。

「え、えっと」
「オレもルーシィに会えると嬉しい!」
「へ…」

なにそれ。

こっちが目を疑うほど、ナツの笑顔は眩しかった。そんなの、期待するなって言う方が無理じゃない?
ドキドキバクバク、心臓が壊れそう。
曖昧な関係、もしかして、終止符?

「そ、それって」

やだやだ、あたし。
こんなことなら、もっと可愛くしておくんだった。買ったばかりのワンピース、着ておけば良かった。でも春まで待とうって思ってたの。ナツが来るなんて思ってなかったの。

適当に着ていた長袖Tシャツ。胸元のアルファベットを隠すように両手を握って、言葉を待つ。
ナツはぴ、と真っ直ぐにあたしを指差した。

「見てろよ!」
「え…」

白い雪のキャンバスに、ナツがぐりぐりと足で文字を書いていく。

「これ、伝えるのに来たんだ!」

大きく、大きく。まだほとんど踏みつけられていないそこに――。

『ス』

「え」

『キ』

「嘘…」

雪は白くない。青くもない。桃色だったんだ。
ナツが足で書いた字は歪で下手くそだったけど、不思議なほど読みやすかった。あたしはその二文字を、目と心に焼き付けて――

「ん?」

ナツが、まだ止まっていないことに気が付いた。

「よっ、ていっ、うらっ」
「……」
「ほっ……よしっ、出来た!」
「……」
「ルーシィ、返事はー?」

あたしはたぶん無表情だったと思う。
何も言う気力が無くて、無言で頷いた。窓を閉める直前、「じゃあ駅で待ってるからな!」と腹が立つほど元気な声が滑り込む。
あたしはベッドに座り込んだ。枕を引き寄せて、力いっぱい殴ってみる。ナツのバカ。ナツのバカ。

「『スキー行こうぜ』なんて口で言え!!」


それでも『行かない』って言えないよ。だって、あたしは『スキ』だもの。







『I love you』と『I love your home』で考えていたんですけど、やっぱりこっちの方がわかりやすい、と日本語採用。


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