「今日から助手に入ることになったんだ」

彼女は興味のなさそうな目を向けてきた。いや、そこには興味どころかなんの感情も浮かんでいない。

「よろしくな、ルーシィ」

どうせ短い付き合いになる――。おざなりに言ってやると、彼女の表情が動いた。

「誰?」
「あ?だから、助手に」
「ルーシィって誰」

部屋を間違ったか?

そう思ったが、名札と一体になったカードキーではそもそも目的の部屋しか開かない。間違うはずがなかった。
彼女はそれきり言葉を発さない。彼は渡された資料にもう一度目を走らせて、あ、と声を漏らした。

「Lucky――ラッキーか、読み間違った」

被検体番号00。被検体も二桁に差し掛かっているというのに、彼女だけが薬に適合し、生を勝ち得ていた。ほぼ偶然に得られた成功体のため、ラッキーと通称されている。研究所は彼女からサンプリングした血液や組織を大切に検査して、得られた情報を元に実験を繰り返しては第二のラッキーを出そうと躍起になっている。
逆に言えば、成功例がなければこんなバカげた研究は早々にたち消えていただろう。彼女のせいで犠牲が増えたとも、言えないことはない。
彼は脳髄に重い痛みを感じて眉間を揉んだ。彼のなすべきことはこの研究所の全貌把握と証拠集め。そのために着慣れない白衣を着てここに居る。正直もう大暴れして全てを壊してしまいたいが、そうしてしまえば上層部が逃れるのは間違いなかった。
資料から目を上げると、彼女はもうこちらを見ていなかった。彼が入ってきたときと同じように、ただ、部屋の中央に座っている。金の上質な髪は繊細に肩を流れ落ち、整った顔立ちは能面のように動かない。まるで人形のようだった。抗えない死に向かう他の披検体の方が、よほど人間らしい。

もっと生きてる顔しろよ。お前のせいで死ぬ奴だっているんだから。

研究所が悪いことも、彼女が犠牲者であることもわかっている。しかし彼には、その諦めたような様子が気に食わなかった。

さっき、ちらっとだけ普通だったよな。

「なあ、ルーシィって呼んで良いか?」
「え?」

ぱちりと長い睫毛が動いて、ブラウンの瞳に彼が映る。

この時はまだ、彼女に感情を取り戻させることがどれだけ危険か、彼はわかっていなかった。







被検体ルーシィと研究所にスパイとして入ったナツ。
ルーシィは薬がないと死ぬ設定。研究所を潰せば彼女が生きられないことを知りつつ暗躍する話です。
ナツの名前を出さなかったのは物語終盤でルーシィが「あたしはラッキーなんかじゃない。ルーシィよ!」と言うのを聞いて、彼女を助け出すことに覚悟を決めてから名乗る、という設定だったため。
没理由:ナツはこんな胸糞悪い組織に潜入して大人しく捜査なんて無理だし、何より白衣着てるなんてたにしの腹筋が無事では済まない



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