まだ日のあるうちに、それは現れた。
「…おい」
「わあああ!?」
部屋の真ん中で、男が片足を上げてびくりと身を竦ませる。妙にひょうきんなその仕草に半眼をくれつつ、ナツは腕を組んだ。
「お前がストーカーか」
「うっ…!」
部屋のドアを目掛けて身を翻した男の前に、ハッピーが立ち塞がる。障害と言えそうにないその小さな身体にも、男は怯んで足を止めた。
「逃げられねえよ?」
部屋のそこかしこに残る匂いと、男のそれは同じだった。間違いない。
ナツが凄むと、男は諦めたように項垂れた。表情は苦渋に満ちていたが一見爽やかそうな青年で、ストーカーというものから想像しうる人物像とはおよそかけ離れている。
「お前ら、誰だよ…彼女の何だ?」
「オイラ達は妖精の尻尾。ストーカーを捕まえてくれって依頼されたんだ」
逃げる様子が無くなったのを確認して、ナツは腰に手を当てた。
「お前こそ、誰なんだよ?」
「…同級生だ、学生時代の」
ハッピーが眉間に皺を寄せた。
「鍵まで換えたってのに、どうやって」
玄関は開いていない。ナツは正直半分寝ていたが、そんな音がすればさすがに気付くはずだった。
男は居直ったか、悪びれない表情でキッチンの方を指した。
「換気扇のところから、こう、にゅるっと」
「スパイ?」
ハッピーが呆れたような感心したような、微妙な声を出す。ナツは部屋を軽く見回してから、口を開いた。
「なんでこんなことしてんだ?」
「彼女のことが好きだからだ」
きっぱりとした、迷いのない強い答えが返ってくる。一瞬納得しそうになって、ナツは首を振った。
「だからって何しても良いわけじゃ…ねえだろ」
「わかってる。風呂場と下着は見てない」
「いあ、そこ、最後の一線みたいに言うなよ」
「ナツの方が、」
「ハッピー黙ってろ」
何を言われるかは大体予想できたので、ナツはばっさりとそれを制した。少しだけ落ちた沈黙を、無意味な音で埋める。
「あー、んと…やめるつもり、ねぇの?」
「卒業してから、彼女との接点が全く無くなったんだ。ここしか、俺の存在を示す場所がない」
男は何かを思い出すかのように、遠い目をした。
「初めは、ここに居るだけで十分だったんだ。でも、俺に気付いて欲しくて」
「…嫌がってるみてぇだぞ」
諭す度に、胸のあたりがちくちくする。段々と勢いを無くしていく語調も自覚できた。
ルーシィはいつも侵入する自分達を怒っている。迷惑だと言って、嫌がって、いる。
でも、ナツは止めようと思ったことがない。
家に入りたい気持ちはわかる。それを止めたくない気持ちも。
似てる。コイツと、オレは。
男は瞳の光を強めて、虚空を見つめた。
「別に俺のことを好きになってくれとは言わない」
「へ?」
「例え嫌われたとしても、俺が彼女を好きなんだ。これ以上は望まない」
それはとても理解しがたいものだった。ルーシィに嫌われるのなら、ナツは家への侵入を試みようとは思わない。
悲しくて寂しいが、我慢する。できる、と思う。
「よくわかんねえ。好きなら好きになってもらいてぇんじゃねーの?」
「伝える気はないの?」
「そんなことしたら、友達で居られなくなるだろ!」
やや早口のその言葉に、それが本音だと知れた。要するに、今の関係を壊したくないらしい。
そしてその気持ちも、わからないでもないような気がする。ナツは眉間に縦皺を刻んだ。
「ふぅん…」
「ナツ?」
「なんかコイツ、可哀想じゃね?」
「は?」
ハッピーの口がぱかりと開いた。