「で、なんて言うつもりなんだよ」
「なんて?」
「考えてねぇのかよ」
「えー…ケッコンしろ?」
「おおおい!?つか命令!?」
ナツは自分の発言に疑問を持っていない様子できょとん、と見返してくる。なんだかルーシィが可哀想になって、グレイは彼女を助けるつもりで口を出した。
「すっ飛ばしすぎだろーが!『付き合ってくれ』くらいにしとけよ」
「最終的には同じだろ?」
「その自信はどっから湧いてくんだ…」
くらくらと眩暈を抑えきれず、額に手を当てる。ナツはやや不満そうではあったが、呪文のように「付き合って…付き合ってくれ、な。うん」と小さく唱えた。
普通の人ならもっと躊躇するだろうが、ナツはいつだってブレーキが壊れている。自分の気持ちに真っ直ぐ正直で、迷わない。それが恋愛だろうとなんだろうと、同じのようだ。
(一歩前進どころか、完走する気かよ)
なんとなく羨ましくなって、グレイは中身のほとんど無くなったグラスを揺らした。
ルーシィがどう返すかはわからないが、この二人ならば泥沼化することはないだろう。と、いうより何と言われようとも、ナツが諦めるとは思えない。
(『はい』か『Yes』かの二択みてぇなもんだな)
何も知らないルーシィは、レビィと本を覗き込みながら何やら盛り上がっている。
ナツがぐ、と拳を握った。
「よし、わかった。さんきゅな!」
「お、おう…」
ナツは生来の人懐こさでもって、心の底からの笑みを向けてくる。すんなりと、こちらの言うことを受け入れて。
(…くそっ)
この素直さが嫌いじゃなくて、つい世話を焼いてしまう――そんな自分が気持ち悪い。
ナツとは腐れ縁で、喧嘩仲間で。決して笑顔を向け合う間柄ではない。
嬉しそうなナツを見て微笑ましいな、などと。自分から出る感想のはずがない。
だから。
自身のバランスを保つために――グレイは口を開いた。
「せっかく今は冬なんだし、お前の場合は雪が良いんじゃね?寒がったらあっためてやれるだろ」
「お、おお…そうだな」
「キョドってんじゃねぇよ」
「べ、べべべ、別に」
「何想像してんだか。お子ちゃまには無理でしたかね」
「手ぇ握るくらいなんてことねぇよ!」
「予想以上にガキだな…」
ナツはマフラーを引き上げて、気合を入れるように勢い良く立ち上がった。
「よし、じゃあ次雪降ったら言う」
「…結果、報告しろよな」
「おう。ありがとな」
ややぎこちない歩き方でギルドの出入り口に向かっていく。恐らく顔の火照りを冷ますためだろう。
込み上げる笑いを腹筋で抑え込んでいると、背中に聞き慣れた声がかかった。
「グレイ様」
「おう、ジュビア」
「あの…」
ジュビアはもじもじと両手を組み合わせて、何か言いたげな様子を見せている。いつもと同じと言えば同じだったが、グレイにはその心当たりがあった。
「聞いてたか?」
「はい。あの、雪って、確か…」
もごもごと言いかける彼女に、彼は一つ頷いた。
「天候観測所の予報じゃ、今夜から暖気が入り込むって言ってたな。もしかしたら春到来かもって」
「知ってて勧めたんですか?」
「面白いだろ」
「あの様子じゃ、ずっと雪を待ってますよ」
「運が良けりゃあ降るだろうさ」
にやりと笑ってやると、ジュビアは雷にでも打たれたかのようにびくりと身体を震わせた。元より責めるつもりはなかったのだろう、ぼんやりとした表情でそのまま隣に腰を落ち着ける。
もし。本当に春が来てしまったら。
(青い天馬にでも連絡してやろうか)
一応の救済策を心に留めて。
しばらくはやきもきするであろうナツの姿を楽しむことにした。