いつものようにすげなくあしらわれ、すごすごと退散していくロキの背中を見送って、グレイはカラン、とグラスの氷を揺らした。
「懲りねぇな、あいつも」
「もがもご」
口いっぱいに食べ物を詰め込んで大きなハムスター状態になったナツが、言葉――だと思われる音――を発する。端からはみ出たパスタがぴっとソースを飛ばした。
(面倒くせ)
大したことは言っていないはずだ、と無視してやった。その隣のルーシィも気にした風はなく、ぱたぱたと手を振る。
「ロキは挨拶代わりに口説く生き物なのよ」
「それはどうかと思うけどな」
「いつだって突然だし。ムードも何も無いし」
「やっぱそういうの気にすんだな」
「女の子なら誰でもそうよ」
「でもロキのさらっと言っちまえるとこに、クラッと来る奴も居るんだろ」
ロキはモテる。星霊だと明かしてもなお、女に不自由することはないようだ。
「ストレートなだけじゃない?」
「厳しいこって」
すっぱりとした物言いに、グレイは小さく笑った。ギルド一のプレイボーイが形無しだ。
しかし意外に男慣れしていなく純情なルーシィは、なんだかんだ言いながらもロキの言動に照れを見せている。流されずに踏みとどまるのも、今はまだ彼女自身が恋愛に強い興味を示していないせいかもしれない。
(早く気付かねぇと誰かに持ってかれるぞ)
グレイは心中で目の前のナツに忠告してやった。
彼のルーシィに対する行動は仲間の域を超えている。恐らく特別な感情を持っているのだろうが、ルーシィが慣れからか許容したせいでナツも自覚する機会を失ったように見える。
二人にとって、このままの関係が居心地の良いものだとしても。
(仲良しこよしなんて、いつまで続くかわかんねぇし)
別に自分が気を揉んでやる必要はない。しかしグレイは同じチームでもあり、二人と過ごす機会も多い。ナツの無意識のアプローチが目に付いて――。
(ぶっちゃけ、イライラするっつの)
視線に念を込めていると、ハムスターが首を傾げた。
「むぐぅ?」
「なんでもねぇよ」
知らず生ぬるい笑みを浮かべると、ギルドの入り口から声がかかった。
「ルーちゃん!」
「あ、レビィちゃん!」
走ってきたのか、やや息の上がったレビィが一冊の本を掲げている。ルーシィが弾かれたように立ち上がった。
「んぅ、ふーふぃ?」
「ごめん、あたしレビィちゃんと話があるから!」
「おう」
軽く応じたグレイとは違って、ナツはだいぶ小さくなった頬袋で何か言いたそうな目をしたが、ルーシィは飛びつくようにレビィの元へ行ってしまった。
残されたテーブルで、しばしもぐもぐと咀嚼音だけが沈黙を埋める。グラスを傾けると、桜色がガラスで歪んだ。
「お前、ルーシィになんか用だったんじゃなかったか?」
「ふご」
記憶が確かならば、ナツはグレイとルーシィが話しているところにやってきたはずだった。
『ルーシィ、あのな』
『うん?』
『あ、ちょっと待て。やっぱ飯食ってからにする』
『はいはい』
それきり、結局まともに会話しなかった。
ナツは何か考えるような顔つきでルーシィの姿をちらりと見てから、ごくん、と口の中の物をようやく飲み下した。
「ん…どうすっかなぁ」
「何かあったのか?」
「今はどうせお前が邪魔だったし良いんだけどよ」
「ご挨拶だな。邪魔っつーんならてめぇの存在だろ」
「んだと!?」
牙を覗かせて、ぐい、とテーブルに身を乗り出してくる。しかし額がぶつかる直前でナツはふい、と肩の力を抜いた。