イヤな予感は、してたんだ。





ポキポキポッキン








「さんきゅ!」

にっこにこしちゃって。なにそれ。

あたしは肩越しに見てた顔を前に戻して、爪先で床を小突いた。ああもう、イライラする。
カウンターには他に誰も居ない。ミラさんのグラスを磨くきゅきゅ、という音とあたしだけが、ギルドから切り取られたみたいに浮いている。ううん、沈んでる。
なんでみんな、こんな浮かれてんだろ。まあ、イベントに全力でぶちあたるこのギルドのこと、これは予想範囲内なんだけど。
でもって、あたしも昨日までは、同じように楽しんでいたはずなんだけど。

「ふふ」

ミラさんが花の咲くような声で笑った。

「チョコの匂いでいっぱいね」
「…食欲なくなります」

世間のあらゆるものには流行り廃りがある。フィオーレ王国の今年のバレンタインは、なぜか東洋のある島国の慣習が大衆受けした。なんでも女の子は好きな男性やお世話になった人に、チョコレートをあげるんだとか。そして一月後、そのお返しを貰うんだとか。
噂によれば大手雑誌が火付け役で、週刊ソーサラーでも先月からしきりに特集を掲載してた。どこのギルドだったか忘れたけど、チョコレートの造形魔導士が自宅で簡単に作れる美味しいレシピを紹介したりして――。

それを思い出して、あたしは爪でカウンターを弾いた。

「造形魔法、関係ないし」
「え?」
「あ、ううん。独り言です」

昨日まで――ううん、さっき、ギルドに着くまでは、あたしもその風潮にどっぷり浸かってた。甘ったるい魔法に踊らされて、気合入れて生チョコなんて作ってみた。色合いから素材まで考えに考え抜いて何度も練習したラッピングの成果なんて、自画自賛どころじゃ足りないくらい。
この慣習が受け入れられたのは、なんといっても曖昧さだと思う。自分から言わない限り、そのチョコレートにどんな想いを込めたか相手にはわからない。だから、あたしも安心して用意した。

恋心を混ぜた、チョコレートを。
ナツの、ために。

好きかもしれないから、なんて思いながら作っていたはずなのに、チョコが固まったときには想いも固まってた。こんな苦労をしてでもナツにあげたいと思っている自分に気付いて、やっぱり好きなんだなって気付けたのに。

「ナツさん、これ、食べてください」
「おうウェンディ、ありがとな!」

また。なんであんなにこにこにこにこにこにこにこにこ!

ナツはギルドに来る女の子全員から貰ってんじゃないかってくらい、受け取ってる。まあそれは良いの。良くはないけど、今年は皆配ってるし、特別にナツが多いわけじゃない。それだったらグレイやロキの方が外部の人間からも貰ってくるし、エルザの無双っぷりとは比較にならない。
問題はあの表情よ。少しは照れくさそうな顔したらどうなの。
つまり、これはアレよね。
全部――義理チョコだと思っているってわけだ。疑いもなしに。
そりゃあそうかもしれない。本来のバレンタインと贈り物の関係すら、わかってるかどうか怪しいナツだもの。今回なんてチョコ配りの日、くらいにしか思ってないかも。
でも、こんな、ギルドの男共が皆そわそわしてんのに、気付かないって有りなの?グレイなんか貰うたびにほっぺた掻いて、そこだけ赤くなってきてるじゃないの。
大切に大切に包んだあたしのチョコレートは今、バッグの中で眠ってる。このまま起こさないで、帰ろうかな。
渡せばきっと笑って受け取ってくれる、それはわかっているけど。ううん、それがわかっているから、取り出す気になれない。
だって渡しても、義理チョコと同列にしか見られない。
確かにそれを望んでたわよ?でもバカみたいじゃない。頑張ったのに。何個も作って、その中でも自慢できるくらいの出来栄えなのに。
気付かないにしても、読み取ろうという努力くらい見せてよ。もしかしてって、思ってよ。そしたら、全力で否定してあげるから。別に、同じチームだからよ、って、言えるから。
昨夜、何度も頭の中を巡ったシミュレーション。噛みたくなくて、セリフだって練習した。そんなものまで無駄だったって言いたいの?

ああもう、本当にムカついてきた。やだ、マニキュア、端のとこ傷付いてる――。

「へっへっへ」

どさどさ、とカラフルな色彩が目に飛び込んできて、あたしは身を強張らせた。色とりどりのそれを前に、ナツがあたしの隣にどかりと座る。

「今年は食いモンいっぱい貰えて良いな!」
「それ、来月お返しすんのよ」
「う」

ひく、とナツの頬が引き攣った。でも気を取り直したみたいに座り直して、

「ルーシィのは?」

訊いて欲しくないことを、訊いてきた。






あえて言おう、これはポッキーゲームの話であると!


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