リングは思ったよりも広かった。ナツがロープから身を起こして、ぐるん、と肩を回す。

「覚悟は良いか?」
「あんたこそ」
『さあ、いよいよ両者入場しました!』
『楽しみですね』
『あい!』

リングの横に置かれた長テーブルに、アナウンサーらしき男性とドレスアップした女性、それにタキシードに身を包んだハッピーが座っている。ルーシィはそれを一瞥して、楽しげな青い猫に軽く息を吐いた。
解説役に抜擢された――そう言って、念入りに衣装合わせしていた。今回の仕事で、一番良い思いをしているのは間違いなくハッピーだろう。

「では、注意事項を」

時間は30分、ダウンはテンカウント、リング外は失格、ロープ・ポール上はOK等――蝶ネクタイの男が、二人にルールを説明する。
ナツは聞いているのかいないのかわからない顔で、うんうん、と頷いた。倒せばいいんだろ、くらいに思っているのが丸わかりで、ルーシィは半眼になる。

わかっていないのだろうか。
魔力が無尽蔵というのは元々魔力の高いナツにはそれほど意味はない。大技を何回も出せるとしても、隙もある。場が限られている以上、体力面も有利に働かない。
これはルーシィを優遇した条件だ。複数の星霊を操る彼女は、軍隊を持っているようなもの。加えて、星霊は致命的なダメージさえなければ、何度でも呼び出せる。
とはいえ、魔力量が増えたわけではない。二体同時開門はできない――。

ゴングが高らかに鳴った。
ナツはひょい、とルーシィから距離を取ると、腰を落として手招きした。

「来いよ」

一応、開始3分間はウォーミングアップを兼ねて、お互い魔法を見せ合うように打ち合わせしてある。観客を楽しませること――それが依頼の目的だ。

「じゃあ、まずは…」

たっぷりと時間をかけて魔力を練り、鍵を振り上げる。いつもよりも無駄の多い、踊るような仕草に、観客がおお、と身を乗り出すのがわかった。

「うわ、目立ちやがって」
「ふふーん。さあ、開け!金牛宮の扉!タウロス!!」
「MOぉおおおおお!」

鍵の先で扉が開くのが、感覚にダイレクトに届く。牡牛座の星霊タウロスが斧を振り上げて雄叫びを上げた。
ナレーション担当のアナウンサーが息を巻いた。

『さっそく、ルーシィの魔法!何もないところから二足歩行の牛が出てきました!これは何ですか、ハッピーさん?』
『星霊魔法だよ。ルーシィは星霊を召喚して闘うんだ』
『星霊ですか!なんだか綺麗な響きですね!』
「MOー!ルーシィさん、今日も良い乳ですねー!」
『…なんだか卑猥な響きですね』
「ああああ…」

少しは空気を読んで欲しいものだ。タウロスは公衆の面前だというのに鼻息が荒く、召喚をやや後悔する。

「さて、じゃあオレは、と」

ナツがタウロスに向けてファイティングポーズを取る。口元をにやりと歪ませた一瞬後、ごお、と両手が炎を纏った。

『出ました!火竜の炎です!』
『ナツの魔法は炎の滅竜魔法。炎を操るだけじゃなくて、自分の身体も竜と同じ性質になるんだ』
『それはすごいですね!』
『興奮しますね!』
『さあ、ルーシィは竜に勝てるんでしょうか!』

実況を合図に、ルーシィは愛用の鞭――星の大河を腰から外した。

「タウロス、行くわよ!」
「MOー!」

タウロスが突進しながら、斧を振り上げる。そのがら空きになった懐にナツが滑り込んだ。しかしそれは予測済み。

「甘いわよ!」

ルーシィはばしん、と星の大河を鳴らした。狙いたがわず足元を打つも、彼はするりとそれを抜け――

「火竜の煌炎!」
「MOぉおっ!?」

タウロスの目の前で、炎を炸裂させた。眩しさと熱さに目を閉じた彼の頭上に、ナツがぴょん、と飛び上がる。

「火竜の鉤爪!」
「えええいっ!」
「MOぉおお!」

一瞬早く、ルーシィはタウロスに足払いをかけた。ナツの炎がすれすれで空を薙ぐ。

「うお、やるな、ルーシィ!」
「今ここでタウロスにダメージ与えるわけにいかないからね!」

滅竜魔導士であるナツは頑丈で打たれ強く、生半可な攻撃ではダメージが通らない。契約星霊の中で最も力が強いタウロスは、出来ればトドメの際にも召喚したい。
とん、とリングの上に着地したナツに、ルーシィは拳をぐ、と握ってみせた。
同時に、倒れこんだタウロスから音が響く。

ごいん!

『おお!?今なんだか凄い音が!』
『あい、痛そうです』
「…タウロス?」

リングに背を付けた巨体は起き上がろうとしない。
頭を強かに打ちつけたか、タウロスは目を回していた。手から斧が落ちて、リングに跳ねる。

がろん、がろんがろん、がろん――

数秒見やって、ルーシィは大きく息を吸った。

「酷いわ、ナツ!」
「おい、今のルーシィがやったんだからな」
「人のせいにするの!?」
「うわー…」

ナツが全力で引いたような顔をする。しかしルーシィの声が大きかったためか、周りが彼女に味方した。

『どうやらナツが星霊をやっつけたようですね』
『あい、でもルーシィの星霊はまだまだ居るよ!』
「ちょ、待て!オレじゃねえって!」
「ふふん、日頃の行いの賜物よ」

ルーシィが動揺を押し隠して余裕を装うと、ナツはぷく、と頬を膨らませた。






タウロスの退場率は高すぎる。


次へ 戻る
main
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -