雲の切れ間から、月が顔を出した。届く光はほんの少しだけだったが、冬の研ぎ澄まされた空気がそれを美しく見せている。
ドアを細く開けてその様子を確認したナツは、相棒を振り返った。

「そろそろ行くか」
「あい!」

テーブルの上には、きちんと包装された包みが一つ。それを大切そうに抱えて、ハッピーは笑った。

「ルーシィ、ちゃんと寝てるよね」
「大丈夫だろ」

深夜を回って、もう随分経つ。計画通り、寝入っているはずだ。

ナツとハッピーはこれから、ルーシィのサンタクロースになる。





ジングルベル








数日前、街で見かけたケーキ屋の売り子。その派手な赤い服をまじまじと目で追って、ハッピーが言った。

『ねえナツ!今年のクリスマス、ルーシィが良い子だったらプレゼントあげに行こうよ!』

それは想像する限り面白そうな提案だった。サンタクロースの真似事など、一年に一度しか出来ない。

普段のイタズラの豪華版を計画するような楽しさで、ナツ達は今日を待っていた。時期的にも今年の集大成となる。なんとしても成功させたい。
ハッピーに抱えられて、ナツは空からルーシィの部屋を確認した。

「よしよし、明かりは消えてるな」
「あい」

朝起きて、枕元にあるプレゼントを見たルーシィは、どんな反応をするのだろう。
それを見られないのは少しだけ残念だが、彼女が起きてしまったら手渡すのと大差ない。 ハッピーに静かに下りてもらうと、ナツは窓に手をかけた。
煙突から入るのは、試そうとした際に大家に見付かって止められた。代わりにルーシィのいない間に、音を立てないように窓を開ける練習を何回もさせてもらっている。
ナツはそっと窓枠に足を乗せて、部屋の中に滑り込んだ。猫らしい無音さを遺憾なく発揮して、ハッピーが床に下り立つ。視線を交わすと、目が暗闇でキラリと光った。
足音を殺して、二人、ベッドに近付く。しかし、その一歩手前で、起きてはならない異変に気付いた。

「あれ…」
「いねえ」

布団は平らで、一応捲ってみたがルーシィの姿はなかった。風呂場にもトイレにも、どこにも居ない。

「女子寮かな」
「ちぇ、何も言ってなかったのにな」
「どうするー?」
「仕方ねぇ、明日普通に渡そうぜ」
「そうだね…」

ハッピーの耳とヒゲが、しょんぼりと下を向く。

「あーあ、なんかつまんねぇな」

顔、見たかったのに。

ルーシィが居なかったことで、ナツは自分がそう思っていたと気付いた。後頭部を掻いて、一度目を閉じる。

「ナツ?」
「ん…帰るか」
「あい」

瞼の裏でルーシィを描いて、踵を返す。今度はがたん、と窓ガラスが揺れた。
手の中の包みが急に冷えたように感じる。来たときと同じようにハッピーに運んでもらいながら、ナツは眼下の街並みに目を凝らした。
少しだけ期待した、ルーシィの姿はない。
明日の夜には、ギルドでクリスマスパーティーがある。それまでには間違いなく渡せるだろうが。

やっぱり、会いたかった。

落胆した帰り道は思った以上に短かった。ハッピーと溜め息を交わす。

「残念だったね」
「そうだな……」

家を出た時と何一つ変わらない。気持ちだけが、沈んでいた。
こんな夜中まで頑張って起きていたのに、と思いながらドアを開けると、そこに佇んでいた何かにぶつかった。

「きゃあ!?」
「うお!?」

反射的に受け止めて、ナツは目が点になった。

「…何してんだ」

それはさっき会えなかったルーシィだった。しかしどうしてここに居るのか、という疑問よりも、その身を包んだ服装が気になる。
足はルーシィらしい短いスカートだったが、赤い帽子に赤い上着はどこからどう見ても、サンタクロースの格好で。
ハッピーが頬を引き攣らせた。

「またコスプレ…?」
「ちょ、やめてその可哀想なものでも見るような目!」

叫ぶように抗議しながら、彼女は後ろ手に何かを持ち直した。
はっきりと見えていたのだが、ナツは気付かないフリをして尋ねてやる。

「今、何隠した?」
「あ、べ、別に、これは」

ルーシィは誤魔化すように目を泳がせた。しかしナツがじっと見つめると、しぶしぶといった様子で前に持ってくる。
その手には――大小二つの、プレゼント。

「…ルーシィ」

もうダメだ。

堪えきれず顔が笑う。ナツは目を細めて、抱き締めたい衝動を必死で抑えた。

「お前さ、バカだろ。こんな夜遅くにわざわざそんな格好して出歩いて」
「な、何よ!そんなこと言うならあげないわよ!」
「ほれ」
「え?」

持ったままだった、彼女宛の包みを差し出す。呆けた様子のルーシィの目の前で、軽く揺らした。

「交換だな」
「ホントは枕元に置いておくつもりだったんだけどねー」
「え…じゃあ、あんたたちも…?」
「おう、ルーシィの部屋行ってきたとこ」

まさか同じことを考えていたとは。
ナツは嬉しくて、ハッピーと目配せした。予想外だが、これでこそルーシィだとさえ思う。
全く、面白くて愉快で――一緒に居ると、こんなにも、楽しい。

「あー、夜遅くまで出歩いてるような悪い子にはサンタは来ないか?」
「あんたたちもでしょ!」

口調に責める色はない。ナツの頬がさらに緩んだ。
ルーシィの手からプレゼントを受け取ると、自然と言葉が漏れる。

「メリークリスマス、ルーシィ!」
「クリスマスー!」
「メリークリスマス、ナツ、ハッピー!」

ちらりと見た外には、柔らかな粉雪が舞い始めていた。
幸せを運んできたミニスカサンタを帰さないために、ナツは開けっ放しだった扉に手を伸ばす。

ぱたん、と音が、雪に飲まれた。






計画通りとはいかなくとも。


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