やりたいことってなに?





ルーシィは本の世界に旅立っていて、近付いてもこちらに気付く様子がない。
ナツは息を殺して忍び寄った。途中、トレイを手に立ち回るミラジェーンと目が合って、しっ、と人差し指を唇に当てる。彼女は微笑むだけで咎めはしなかったが、その笑顔が何かを含んでいるように思えて、ナツは目を泳がせた。何故だか気まずい。

ルーシィに、近付いているだけなのに。

そこに恥ずかしさなど、感じるはずはない。ナツは落ち着かなさを気のせいだと割り切った。
細い指先が本のページを捲る。真新しい紙の音に目を戻して、ナツは彼女の意識をこちらに向ける、一番良い方法を思案する。

肩に腕を回す?
髪を引っ張る?
頭に顎を落とす?

どれも最近実行したばかり。それなりに反応は良かったと記憶しているが、連続すると飽きる。ルーシィが慣れてしまうのも問題だ。
ナツは後ろから首の動く限り、彼女を観察した。滑らかな手が、テーブルの上に無造作に投げ出されている。

――これだ。

「隙有り!」

ナツは上から押さえつけるように自分の手を重ねた。

「ひゃ!?」

突然現れたナツと刺激に、ルーシィがびくりと身を震わせた。反射のように、手が引かれる。
ルーシィの逃げた空間を押し潰して、ナツは笑った。

「今日も面白ぇなあ、ルーシィ」
「もう、ナツ!ビックリするでしょ!」

余程没頭していたのか、驚いたルーシィの瞳は少し潤んでいる。ナツはにやりと口角を上げて、彼女の横に座った。

「お前、ホント、本好きだな」
「ん?うん、大好き!面白いのよ、これ。主人公がね、」

嬉々として、ルーシィが本を捲る。その指が楽しげに踊るのを見て――ナツは手を、再び彼女の手に触れさせた。

「え……な、ナツ?」
「ん?」
「何してんの?」
「触ってる」

見てわかるだろうに、ルーシィは問うてきた。それに簡潔な答えを返すと、彼女は苛立ったように声を荒げた。

「その理由を訊いてんの!」

触りたいから触ってるだけなのに。

頭の中を探ってみても、それ以上の答えは見つかりそうになかった。行動はほとんど無意識で、自分にもわからない。
強いて言えば――いや、強いて言っても『そうしたいと思ったから』以外にない。
しかしルーシィの顔はやや赤く、怒っているのは明白だ。理由如何によっては振り払われてしまうだろう。
ナツは唸った。ルーシィは心地良い感触で、手放したくない。
睨んでくる瞳を真っ向から受け止めて、ふと、彼女の本が目に入った。

「あー…趣味だ」
「趣味!?」
「趣味だから仕方ないだろ」
「はああ!?」

ナツはルーシィを掴んだままの手で本のページを叩いた。顔を近づけて、丸くなった目を覗き込む。

「ルーシィだって、本は趣味だろ」
「え?う、うん」

怯んだように、声のトーンが落ち着いた。これならいける。

「じゃあ本読むのは止められねぇし、仕方ねぇだろ」
「う?」
「だからオレだって仕方ねぇんだよ」
「え、えっと?そう…?」
「そうそう。これはオレの趣味、ルーシィ触りだ」

にっ、とナツは笑って、ルーシィの手を握り込んだ。手の甲側から滑らせて、指を絡ませてみる。自分のものとは全く違う触り心地に目を細めると、心臓が少しうるさいことに気付いた。説得が綱渡りすぎたためか、と体温の上がった耳をマフラーに擦り付ける。
ルーシィは納得したのか、手を取り戻そうとしない。ナツを睨むどころか、視線を外してさえいる。それはなんだか気に食わなくて注意を引くように手を撫でると、彼女はもごもごと口を開いた。

「ねえ…あたしだけ?」
「ん?うん、そうだな」

触りたいのはルーシィだけ。頭に浮かんだそれを、ナツは不思議に思って反芻した。しかし思考の隙間に、とてとてと小さな足音が滑り込む。

「何してんの、二人とも」

床の上で、ハッピーがこちらを見上げていた。ナツはそれに笑って答えてやる。

「趣味のルーシィつねり」
「さっきと違う!」

ちょっとした言い間違いに、ルーシィが慌てて手を引っ張る。するりと抜けたそれを追って、ナツは身を乗り出した。しかし彼女は立ち上がってまで避けようとする。

「逃げんな」
「逃げるに決まってるでしょ!」
「オイラもやるー!」
「よし、ハッピー!挟み撃ちだ!」
「あい!」
「ちょ、こら!アンタら!?」

逃げ惑うルーシィを相棒と二人で追いかける。しかし数秒も経たないうちに、彼女はくるりと振り向いた。きらり、と長い爪が光る。

「えい!」
「うお!?」
「反撃開始よ!」
「あいさー!」
「なんでそっちなんだよ、ハッピー!?」

笑いながら腕を伸ばしてくるルーシィに、ナツは満面の笑みと『趣味』で応えた。






2012.12.3-2013.1.7拍手お礼文。


おまけへ 戻る
main
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -