「それ、なんだ?」
ルーシィが振り返ると、半裸の魔導士が立っていた。とりあえずお疲れ、と声をかけて、ついでに服着なさいよ、と指摘する。グレイが今気付いたように驚くのを待ってから、彼女は手元のグラスの水滴を指でなぞった。
「ヨーグルトドリンクよ」
「へえ。ミラちゃん、オレにもくれよ」
「はぁい」
カウンター内のミラジェーンがてきぱきとグラスを用意する。グレイが服を着終える前に、雪のようなドリンクがカウンターに鎮座した。
「はい、どうぞ」
「さんきゅ」
グラスの中身を検分するグレイに、ルーシィは頬杖を突いた。
「ねえグレイ、ナツの訊きたいことってなんだったの?」
「あー……ま、本人から聞いてくれ」
「えー、気になる」
ナツが喧嘩に賭けのようなものを提案するなど、初めて見た。ルーシィはまだ終わりそうにない乱闘の中に桜色を探して――眉を寄せた。
「……あの二人、何話してんのかしら?」
「知りたくねえ」
てっきり暴れていると思ったナツは、ジュビアと何やら会話しているようだった。グレイの反応からして、彼はそこから逃げてきたらしい。
ルーシィはくす、と小さく笑って肩を竦めた。
「なんか珍しい組み合わせよね……あら?」
マフラーを巻き直したナツと目が合った。一見すると怒ったようにも見える力強い歩調で、こちらに向かってくる。
「ルーシィ!」
「おかえり、ナツ。まだみんな騒いでるけど、もう良いの?」
「お、おう。あのな、ルーシィ」
「なに?」
「ジュビアがどうしても知りたいっつーから訊くけどよ」
「ん?」
「じゅ、ジュビアだからな?オレはどうでも良いんだからな?ジュビアが訊けって言ったんだからな?」
「なによ」
なかなか本題を口にしないナツに、ルーシィは顔を顰めた。ジュビアジュビアと連呼しなくてもわかったというのに。そんなに仲良かったの、と言ってやりたくなるが、妬いていると思われるのも癪で、言葉を飲み込んだ。
ナツは大きく息を吸って、ぐ、と彼女の瞳を覗き込んでくる。
「お前…、そのっ、」
「なに?」
「えと、」
言い淀んで、彼は目を泳がせた。柄にもなく、緊張しているかのように。
――緊張?ナツが?
とくん、と鳴いた胸に、ルーシィは怯んだ。ちらりとグレイに視線を走らせるも、彼はそ知らぬ顔でグラスを傾けている。
「あ、あの、ナツ」
とりあえず、少し落ち着く時間が欲しい。しかしルーシィが待ったをかけると同時に、ナツは首を傾げた。
「あれ?何訊くんだっけ」
「は、はあ?」
「いあ……切り出し方考えてたらわかんなくなっちまった」
「なにそれ……」
気が抜けて、ルーシィは肩を落とした。酒場を見渡すと、柱の陰に移動したジュビアを発見できる。その怨念が篭もったような視線に頬をひきつらせて、彼女は手を振った。
「ジュビアだし、多分グレイのことでしょ?あたし恋敵じゃないって言ってるのになあ」
「おお!それだ!」
「当たったの!?」
ナツはぽん、と両手を打って、再びルーシィの目を真剣に見据えた。
「お前、ホントにそうじゃねえんだな?その……グレイに惚れてるとかじゃ」
「ないわよ。ちゃんとジュビアに伝えてよ?誤解だって」
「良かった……」
「へ?」
「あ、いあ、なんでもねえ」
ナツはルーシィの隣に座ると、彼女を追い越してグレイに視線を向けた。しかしお互い何も言わず、ふい、と目を逸らす。
「何?」
「別に。それ、なんだ?」
「ヨーグルトドリンク」
ジュビアは良いの、と言おうとして、ルーシィは思い出した。伸びてきた手に、取りやすいように自分のグラスを寄せてやりながら口を開く。
「ねえ、ナツ?グレイに訊きたいことって、何だったの?」
「あ?んあ……勘違いだった」
「えー」
「これ、思ったより甘えな」
「って、全部飲んだの!?」
「乾杯」
「わー、イイ笑顔ねー」
「いてててて」
桜色の髪に隠れた耳を引っ張る。
グレイがニヤリと笑った。
「許してやれよ、嬉しかったんだろ」
「嬉しいって?ヨーグルトドリンクが?」
「おわっ、グレイ!てめえ!」
「何も言ってねえだろうが」
「ぐぬ……」
ナツは押し黙ってスツールに座り直した。ぷい、と不機嫌そうに背を向けた彼を見て、ルーシィは首を傾げる。
「あれ。あたし、そんな強く引っ張った?」
ナツの耳は、桜よりも赤くなっていた。