ナツは「おー」と軽く手を上げると、ルーシィの手首を掴んだ。
「じゃあ、駅で集合な!」
「あい!」
「ちょ、こら!」
「行ってらっしゃい」
レビィに片手で見送られつつ、ルーシィは引っ張られるままギルドの外に出た。桜色は振り返りもせず、憎々しいほどの元気さで日光を浴びている。
ルーシィはそれを睨み付けながら、声を低めた。
「あんたね、気安く触んないでよ」
「はあ?」
ナツは歩を止めずに肩越しに視線をくれた。何のことやらサッパリわかりません、とでも言いたげに、目を丸くしている。
くじけそうになる喉を叱咤して、ルーシィは眉根を寄せた。
「そ、そういうのって、ほら、誤解す……されたりするじゃない」
「誤解?なんの?」
「なっ、なんのって!わかるでしょ!?」
「わかんねえよ。変な奴だな」
「……あのね、あんたのやってることはこういうことなの!」
「ん?」
ナツの手を強引に引き剥がして、こっちから手首を取る。ルーシィが引っ張って歩き出すと、ナツは彼女の後ろをほてほてとついて来た。
「うん、そうだな」
「そうだな、じゃない!なんか思うことないの!?」
「んん?別に?」
その平然とした声が精神を逆撫でした。
「こ、これならどうよ!」
手首から滑らせるようにして、ぎゅ、と手を握ってみる。
自分のしたこととは言え、どきりと鼓動が弾んだ。ナツの顔を見られなくて、前を睨んだままルーシィは足を動かす。
今度は黙ったナツに成功したか、と思われたが――沈黙は数秒しかもたなかった。
彼は繋がった手を軽く持ち上げて、不思議そうな声を出した。
「どうって?」
「……!」
ルーシィはくっ、と唇を噛んだ。ナツにはやはり、これくらいのことは気にならないらしい。
あたしはこんなにドキドキしてんのに!
彼と自分の差が明確に示される。わかってはいたが、こうも意識されていないとは。
「この…!」
後から考えるとどうしてそんなことをしたのか、ルーシィは理解できない。悔しかったから、にしては、あまりにもな行動――その考えが、脳を占める。
ルーシィは立ち止まった。とん、とナツがぶつかってくる。
「お?今度は何だよ?」
楽しむ余裕すら見せて、彼は首を傾げた。ルーシィは手を放して、
「へ」
ぎゅ、とナツの腰に抱きついた。
難なく滑り込んだ彼の懐は、思いのほか温かかった。急速に上がった頬の熱に息を飲む。
やりすぎた。
一泡吹かせたいと思っていた気持ちが、跡形もなく霧散した。
心臓は他の臓器を叩いて暴れまわっている。瞬きすら出来ない視界にはナツのマフラーがぼやけるほどの至近距離で映っているが、ルーシィは見ているとは言えない虚ろさでそれをただ目に入れていた。
どうしようどうしようどうしよう。
「っ…」
苦しくなってから呼吸が止まっていたことに気付く。
い、息。息ってどうやってするんだっけ?
とりあえず吸って。とりあえず吐いて。
ぎこちなく再開させると思考も同時に解放されて、ようやくルーシィは離れることを思いつく。
しかしそれは、ナツの腕によって阻まれた。
「え」
するり、と背中に、手が回る。
ウソ。
抱き締められた。
それを理解した途端、ルーシィの力が抜ける。
何も考えず、何も不安に思わず。
こうすることが当然のように、身を預けて目を閉じる――。
と、ナツがふん、と鼻息を荒くした。
「相撲なら負けねえよ!」
反射的に身体が動いた。
半身ずらしてナツの脇を捉えると、勢い良く後ろへ投げ倒す。
どすん!
見事に決まった裏投げに、地面に転がったナツが半眼になった。
「柔道ならそう言えって」
「まだ言うか!」
結局、これからもこの男の行動は変わりそうにない。
ルーシィは自分が慣れるしかないことを思い知って、長く長く、溜め息を吐き出した。