意を決して、一口、啜る。
「どう?」
「苦い」
眉間に皺を刻んだナツに、ルーシィが苦笑した。軽く目を伏せて、カップに口を付ける。
「やめとけば良かったのに」
「うっせ。飲めるっつの」
「あんたホントに…たまに、可愛いわよね」
「嬉しくねえからな?」
「わかってる」
「うわ、意地悪ぃな」
「ごめん」
ふふ、とルーシィが笑う。それが妙に優しくて、ナツは面食らって彼女を見つめた。
自嘲気味に、ぽつりと言葉がテーブルに落ちる。
「嬉しいのはあたしよね」
「あん?」
んーん、とルーシィは首を振った。カップを傾けて、恍惚とした表情でうっとりと目を細める。
「美味しー…。さすがロキね」
つまらない。ナツはむっとして、ぐび、とカップの中身を全て口に放り込んだ。
「え、あんた、熱く……ないわよね」
「お前も早く飲め」
「飲めるか!」
後味の苦味が口の中に広がる。いつまでも残るそれに、ナツは舌を出した。
「あー」
「……後でアメ買ってあげる」
「要らねえよ!ガキ扱いすんなっての!」
ルーシィは冷ますかのようにカップを揺らしながら、ふー、と液面に息を吹きかける。その吐息とコーヒーはもちろん、ナツは、自分の口元にわだかまった空気が同じ匂いであることに気付いた。
ルーシィと、同じ。
「あ、いいや。ゆっくり飲めよ」
「え?なんで?」
「ルーシィが臭くてもオレも同じだから気になんねえし」
「臭い言うな!ったく、この良い香りを」
「良い香りぃ?」
ナツとて本気で嫌な匂いだとは思っていない。しかし、ルーシィがコーヒーを讃えるのは気に食わなかった。
つい、口が滑る。
「ルーシィのが良い匂いだろーが」
「へ?」
すっぽぬけたような声が返ってくる。数秒遅れて、ルーシィの頬が赤く染まった。
「な、何、言ってんのっ」
「は……あ、いあっ…」
かあ、とナツは自身の頬も熱くなるのを感じて、ルーシィから上体を遠ざけた。肩が背もたれにぶつかる。
しまった……!
ルーシィの匂いが、ナツは大好きだった。甘いような、穏やかで落ち着く匂い。しかしそれを彼女に言ったことはないし、まず知られたくはなかった。
そんなこと。
好きだっつってるみてえじゃねえか!
しかし言ってしまったことはもう取り消せない。ナツは慌てて言い繕った。
「ち、違ぇよ!そのっ、うまそうな匂いすんだよっ!」
うまそうって!何言ってんだ、オレ!
ぷるりとしたルーシィの唇が目にはいる。そんなつもりではなかったのに、ナツの頭はそれを味わった自分を想像して。
んな……!
脳が沸騰してぷすん、とショートする。
動転しきったナツは、涙目で手を振り回した。
「きっ、昨日なんか脂っこいもん食っただろ!そのっ、豚足みたいな匂いっつーか!」
叫んだ後、しぃん、と妙に場が静まった。ナツはぱちくり、と瞬きをする。
振り返らずとも気配でわかる。店員はもちろん、客達も全員がこちらに注目していた。
「……ルーシィ?」
目の前の彼女の瞳は、絶対零度の冷ややかさで。
グレイが化けてたのかと思うほど、冷気を漂わせ始めた。