すっきり





(またか)

ぐ、と肩に重みがかかる。見て確認することすら勿体無いほど当たり前にそこにある、男の腕。

「なぁにやってんだ?」
「あ、おはようナツ、ハッピー」
「おう、おはよ」
「おはー」
「……」

何事も無いように交わされる挨拶。裏なんて見当たらない無邪気そのものの笑顔。
細く溜め息を吐き出して、グレイは頬杖を突いた。

「?何睨んでんだよ、グレイ」
「別に睨んでなんかねぇよ」

グレイがルーシィと話していると、二人の肩を抱くようにして間に割り込む。
ナツのこの行動は初めてなどではない。今となっては日常茶飯事だった。しかし以前は――それこそルーシィがギルドに加入してくる前は――何もないのにグレイに対してこんなことをしてくるような奴ではなかった。
いつでも騒ぎの中心を好むナツに対し、グレイはその子供っぽさに苛立つことも多い。衝突して喧嘩に発展することが常で、好き好んで馴れ合うような関係ではなかった。
宴や祭でテンションが上がったときならともかく、肩を組むなどと考えられない。それなのに、今はこれが普通になってしまっている。

(女に対してこんな気軽に触る奴でもなかったしな)

ナツはグレイの視線にはそれ以上言及せずに、ルーシィに向き直った。これも有り得なかったことだ。
睨まれたと思ったなら、それが事実であろうが無かろうが、ナツならばもっと噛み付いてきていいはず。
それをこんなに簡単に引き下がるとは。

「んで、図書館で何を見たって?」
「聞いてたの?」
「聞こえたんだよ。本棚の陰になんか居たんだろ?」
「うん。初めはね、なんか上の方で本が動いてるな、くらいに思ってたんだけど」
「ふんふん」

桜色の後頭部が楽しそうに揺れる。もちろん、肩に腕を回したまま。

(人をダシに使いやがって)

わかっているのだろうか。隣に座るよりもずっと顔が近くなることを。
理解して狙っているようには見えない。いくらナツだってこんなあからさまなことは避けるはずだ。
恐らく『ルーシィが相手だから』。ただそれだけで、深くは考えていないだろう。

(バカだし)

とん、とテーブルにハッピーが降り立つ。翼が消えるのを見送ってから、グレイは少しだけ顔をずらしてルーシィを盗み見た。
彼女はわかるかわからないか程度に赤くなっているが、気にするだけ無駄だと思っているようだ。文句を言うでもなく、近すぎる距離のナツを受け入れている。彼同様に漠然と『ナツだから』で納得しているのかもしれない。
その理由はきっと正しい。ナツだから。ルーシィだから。意図的ではなく無意識下で、お互いがお互いに対して思考しないまま現状だけが先走っていく。

(似た者同士、てか)

頬杖の上で、グレイはもう一度溜め息を逃がした。慣れてはきたものの、こうして巻き込まれるのは不本意だ。どうして自分がナツの『自然な』スキンシップの理由付けを手伝わなければならないのか。
ふと、気付く。

(つか、オレが気を遣ってやる義理はねぇんだよな)

ここで腕を振り払えば、ナツはルーシィに回した右腕も外さなければならない。なんとはなしにそう思ってじっとしていたのだが。

(ただ払いのけるだけってのも面白くねぇよな……)

ルーシィが人差し指をぴ、と振った。

「そのうち本棚の向こう側から押し出される形で、本が落ちてきたのよ」
「落ちてきた?」

二人は図書館の怪異に夢中で、こちらの様子には気付いていない。グレイは青い猫に目配せした。

(例のセリフ、用意しとけよ)

ハッピーは何も言わなかったが、目が悪戯っぽく光った。『あいさー!』と幻聴に後押しされて、グレイは頭の中で作戦を立てる。

「そう。結構重い本も、何冊も。で、回り込んでみたら、」
「おいナツ、後ろ」
「あ?」

肩に乗っていた腕が離れていく。振り返ったナツが首を傾げたのを確認して、グレイはにやりと口角を上げた。

「んあ、勘違いだった」
「なんだよ」

ナツはもう一度こちらを向くと、再び腕を上げた。その手が自分の肩に届く前に、さっと身をかわしてやる。

「おわ!?」

目標を失ったナツの腕は、空振りの勢いのまま――

「きゃ!?」

両腕とも、ルーシィに、着地した。

「ちょっ、なに!?」
「へ、あ?」

バランスを崩したナツがルーシィに体重をかける。彼女を後ろから抱き締める格好になって、

「っ――」

みるみるうちにナツが――腕の中のルーシィごと――真っ赤に染まっていく。言い訳でも探したのかハクハクと口を動かしてから、ようやく弾かれたように飛び退った。

「ち、ちちち、違…っ!」
「何やってんだ」
「でぇきてぇる"ぅ」
「ちょ、おい!?これはグレイがっ!」

面白いくらいに思惑通り。グレイは満足いく結果に笑いを隠さず、ナツに顎を向けた。

「オレをカモフラージュなんかに使うからだ」
「ああ!?」

とりあえず大声でも出さなければ居た堪れないのだろう。火照ったままのナツの顔に、グレイはもう一度噴き出して。

「やんのか、こらぁ!?」
「おーおー、負けて泣くんじゃねぇぞ!」

照れ隠しには、付き合ってやることにした。






2012.10.3-2012.11.1拍手お礼文。


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