ここまでしなくてもいいんじゃないかと思うような壊し方で壁を破り、暗い部屋に踏み入る。

「……グレイ…?」
「…先に行け、って」

眩しいのか目をしぱしぱさせて、ルーシィが呆然と名前を呼ぶ。疑問形なだけで、何を言いたいのかはすぐにわかった。
なぁ、ルーシィ。オレ達通じ合ってんじゃねぇのか。

「アイツ、なんか勘違いしてんじゃねぇの」

目を見開いたまま、表情が呆然から愕然に変わっていく。グレイはルーシィの顔を見ていられなくてさっと彼女の全身に目を走らせる。擦り傷が主だが――首筋に赤い跡が見えた。脳が沸騰したように揺さぶられる。

「……」

怖がらせないように、慎重にグレイは近寄って、ルーシィの首筋に手をやった。触れると彼女がびく、と反応する。見上げてきた怯える目に、グレイは眉根を寄せる。
ルーシィはついではっとして、慌てたように右手でそれを覆い隠した。

「あ…や、別に…何も、無かったのよ?ただ、吸い付かれただけで…」

言いながらルーシィの目に涙が溜まっていった。段々と恐怖が戻ってきたのだろう、くしゃり、と顔を歪めたかと思うと、隠すようにグレイの胸にすがりつく。

(随分苦しい役得だな)

右手でルーシィの頭を抱える。上げた腕の至る所に傷がついているのを見て、自分も大概焦ってたんだと認識する。先に行けと言われて素直に来たが、やっぱりあの男を殴っておきたかった。

(てめえがグズグズしてんならいっそのこと…)

「ナツ…」
「!」

小さかったが聞き取れた。聞き取って、しまった。
今ここに居るのは誰だよ。お前の前に居るのは誰なんだよ。
下げていた左手を持ち上げて――心で溜息を吐き、ルーシィの背中をあやすように撫でる。
もう、気持ちを隠すことに慣れてしまった。
グレイは涙を流すルーシィが落ち着くまで耐える。吐き出せずに渦を巻くような、辛い気持ちを。それでも、今胸の中に彼女がいることで喜んでしまう、この気持ちを。




決着はあっさり着いた。元より手加減なんてできない力を全力で出して、向こうが魔法を発動させる前に叩いてやった。
乱れたマフラーを巻きなおして息を整える。体を動かすことで少しだけ頭が冷えていた。身柄をエルザに引渡しに飛んで行ったハッピーを見送って、ナツは建物へ向かって走る。
グレイを先に行かせたのはルーシィのためだった。グレイはルーシィを理解している――きっとナツよりも。根拠はないが、肌で感じていた。いつもいつも、ルーシィと二人でナツに聞こえないように何かの話をしている。ナツにはわからないルーシィの表情。反応。その全てがグレイにはわかるようだった。
悔しかった。グレイがいつも自分の一歩先を歩いているような感覚にさえ陥る。ルーシィに会ったのは自分の方が先なのに。自分が一番、ルーシィを理解しているはずなのに。
グレイに続いて建物に向かったのは、ただの自己満足だった。ルーシィが無事な姿を確認したいだけだった。
建物の壁は酷い有様で、グレイにしてもやり過ぎ感のある破壊っぷりに、ナツはきりきりと胸が痛くなる。グレイがルーシィに対して抱いている感情がわかるような気がした。きっと――。
思って壁の中を覗き込み、

「…!」

ナツは割れた壁に音もなく寄りかかる。部屋の中を見てしまった。

――抱き合う、二人。

立ち去ろうと思うのに足は根が生えたように動かなかった。乗り物にでも乗ったかのように、視界が揺れる。

やっぱりそうなのか。オレじゃ駄目なのか。

酸素の足りない肺に無理やり空気を入れてみるも中までは入ってこないようだった。何か酷く大切な物を失くしたような衝撃がナツを打ちのめす。呼吸は浅く、手は震えていた。暗い夜が背後から忍び寄る。
聞こえてくるルーシィのすすり泣きに合わせるように、目から雫が零れ落ちた。ナツは唇を噛んでそれを拭う。


声の無い慟哭は自分自身にしか聞こえない。






…すいません、色々と…とりあえず泣かしたかっただけですね。
テーマは誰も幸せになれない、で当初の予定としては敵も随分可哀想な設定で、それを討つエルザも酷く心苦しい状態だったんですが、話がまとまりにくかったので普通に落ち着きました。
お付き合いありがとうございます!



戻る
main
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -