「アンタなんかこうしてやる!」
「おあっ!?」
何事か揉め始めたなと思う間もなく、エバーグリーンがくいっ、と眼鏡を押し上げた。
幸いこちらが標的になるような位置ではなかったが、一応大事をとって目を逸らす。間を置かず、視界の端で大きな影が灰色に固まった。
あっさりと石化した彼――エルフマンを見上げて、ナツは口をあんぐりと開けた。
「おお、マジで石だ」
「ふん、あっけないわね」
元に戻した眼鏡を指先で弄りながら、エバーグリーンが鼻を鳴らす。
驚きに目を見開いたまま、石像になったエルフマン――爪先から髪の毛にいたるまで、その巨躯はぴくりとも動かない。
「目ぇ見なきゃ良いのに」
なんとなく避けれたタイミングだったように思えて、ナツは首を傾げた。きっ、と眼鏡の奥からキツイ視線が向けられて、う、と喉が鳴る。
ルーシィが苦笑いして手を振った。
「そこまでしなくっても」
「いいのよ、こんな奴!」
「そう言いつつ、焦ってるでしょ?」
「焦ってない!」
ぷい、とそっぽを向いて腕を組むエバーグリーンは、ナツから見てもそわそわしていた。ちらりと石像を見上げて、毒づく。
「なによ、だらしないんだから。このくらいかわしなさいよね」
「ひでえ」
「過激ね……」
自分で石化させておいて、理不尽だ。かわしたらかわしたで、余計に怒るのではなかろうか。
エバーグリーンは二人の声を無視して、エルフマンをじ、と睨みつけた。
「……」
「エバーグリーン?」
「なんとか言いなさいよ!」
「いや、無理でしょ」
呆れたようにツッコんで、ルーシィが引き攣り笑いを浮かべる。
ナツは物言わぬエルフマンと落ち着きのないエバーグリーンを見比べて、はは、と笑った。
「面白ぇな、お前ら」
「こんなのと一緒にしないでくれる!?」
「ムキになると怪しいわよ」
「なってない!」
歯を剥きだして叫ぶエバーグリーンを両手で制して、ルーシィは石像の前に立った。
まじまじとその顔を見つめて、感心したように呟く。
「こうして見ると背ぇ高いわねー」
なんとなくむっとして、ナツは口を尖らせた。
「オレだって伸びるっつの」
「ナツがぁ?無理無理」
「なめんなよ!っつか、背が高いからなんだってんだよ」
「カッコイイじゃない」
「はあ?」
「ねぇ、エバーグリーン?」
「ち、ちっともカッコ良くなんかないわよ、コイツ!」
「いや、エルフマンじゃなくって、一般論として……」
「騙したわね!?」
「え、なにこの流れ」
やや疲れたように、ルーシィが肩を落とす。
エバーグリーンが痺れを切らしたように足を踏み鳴らした。
「このくらいにしておいてあげる!」
言ったと同時に、ゆらり、と石像が動く。
肌色を取り戻したエルフマンは、瞬きをしてエバーグリーンに詰め寄った。
「ん…?あ、エバ、お前な!」
「だから気安く呼ぶなって言ってんでしょ!」
再び元のように口喧嘩を始める二人に興味を失って、ナツはすとん、と椅子に座った。
「なぁ、ルーシィ……オレは?」
背が高くないことは自覚している。だとすれば、彼女にとって自分はどう映っているのか気になった。
にやり、と意地悪そうに笑顔を歪めて、ルーシィが訊き返してくる。
「なによ、カッコイイって言って欲しいの?」
「欲しい」
「へ……」
喉から引き攣ったような音を漏らして、ルーシィはきょときょとと視線を巡らせた。両手を組み合わせて、もそもそと答えてくる。
「あ、た、たまに、ね」
「ん?」
「か、カッコイイときもある、よ」
「へへ、そっか。ありがとな」
胸のあたりが温かい。どうしてこんなに嬉しく思うのか――考えることもないまま、ナツは思ったことを口にする。
「ルーシィも、たまに」
「え?」
金髪が揺れる。
キラキラとした瞳を見つめて、ナツはにか、と笑った。
「鬼みてえなとき、ある」
エルザには及ばなくとも、妖精の尻尾の魔導士らしく、ルーシィも勇ましい。普段は闘いを好む性質ではないが、時折見せるその強さはナツから見て、カッコイイ。
だから、そう表現したのだ、が。
「そお……」
静かに、聞き取れるぎりぎりの声と共に。
ナツの目の前で、ルーシィに角が生えた。