「で、なんなのよ」
「我輩は魔王である」
「あー、いてーな」
「おじさん、すごく痛いからやめなよ」
黒い長マントを羽織った自称魔王は、その口元を引きつらせた。明らかに付け髭だとわかる端の浮いた口髭が、痛々しさを助長している。
「なんでこんなことしたのよ?」
ルーシィの前には大量のニンジンが積み上がっている。魔王は野菜泥棒であった。
「我輩には配下が多く」
「あー、いてーな」
「おじさん、本当に痛いからやめなよ」
ナツとハッピーがうんざりと繰り返す。
「我輩はこの星の外から来た。人間を征服し資源を我が軍のものとするために」
「ああ、はいはい。侵略者ってわけね。それでニンジンを?」
「これはすごく美味い。煮ても焼いても我々を魅了する」
「魔王はニンジンが好き、と」
ルーシィはバインダーに挟んだ調査票に書き綴る。ナツがちらりと見たが、そのまま書いてあった。いいのか、それで。
今回の仕事は野菜泥棒の捕獲。動機等を調査票にまとめ、身柄と共に受け渡す約束だった。マグノリア近辺の為乗り物に乗らなくても良く、ナツは飛びつくようにすぐさま選び取った。これで2週間は仕事はせず、ルーシィとのんびりする予定、のはず――ナツの中だけの計画でなければ。
で、こんなのが捕まるとは。ナツは夜空に視線を移して溜息を吐いた。縄で縛られた自称魔王とやらは、この星の勇者はまともな教育も受けていないのか、とか、我輩はまだ変身を2回残している、などとほざいている。変身には少し興味があったが、目の濁ったいかにも胡散臭い中年からは何も期待できそうになかった。
ルーシィは魔王を可哀想なものでも見るような目つきで見ながら、流すように相槌を打っている。
「ん?変身したらその縄切れるの?」
「いや、縄は切れない」
「そう、じゃあいいわ」
何がいいんだ。ナツはハッピーと半眼で目配せし合った。ルーシィはまた調査票に書き綴る。変身はあと2回。
「ルーシィ、さっさと終わらせて連れて行こうぜ」
「うん。えっとあとは…何回め?」
「捕まるのは初めてだ。縛られるのは数えていない」
魔王が縄で縛られた身体を窮屈そうに揺らした。
「ふ、深くは考えないでおくわね…ってそうじゃなくて、泥棒よ、泥棒の回数を聞いてんの!」
「お主も言うのなら答えよう」
「へ?あたしは泥棒なんて」
「違う、縛られた回数だ」
魔王はじっとりとルーシィの身体を見やる。その絡みつくような視線に気付いてナツは無意識にむっとした。そうだ、コイツさっきからルーシィの乳ばっか見てる。ルーシィの頬が引きつったのを合図に、だむ、と魔王の前で足を地面に踏み込んだ。
「おい魔王。変な目で見てんじゃねぇぞ」
「そうだよ、ルーシィは縛られるより縛る方だよ」
「何言ってんのよ、バカ猫ぉ!?」
やり取りを見ていた魔王が不思議そうに声を出す。
「お主らは…恋仲なのか?」
「ち、ちがうわよっ!誰がこんな奴…っ」
「恋仲ってお互いにってことだろ?違うな」
「…な、なんかちょっと突っ込んで聞きたい表現ね…」
「何を突っ込むんだ?」
「え、ルーシィ、まさかニンジン…」
「なに!?ニンジンをどうしろっての!?」
顔を赤くしながらわたわたと焦るルーシィを興味深い面持ちで見ながら、魔王は感心してふむ、と息を吐き出した。
「これが噂のツンデレ」
「じゃないからねっ!?」
「ふむ、いちいち反応が良い娘だ。側近に欲しいところだな」
目をキラリと光らせてルーシィを嘗め回すように眺める魔王に、ナツの眉根が寄せられた。こんな奴にルーシィが突っ込む価値なんてあんのか。いや、ニンジンじゃなくて。
「いい加減にしろよ、魔王」
怒気を纏った声はナツに視線を向けさせることに成功する。
「ナツ…」
ぽ、と頬を染めるルーシィ。死角であるためナツには気付くことはできないが、ハッピーと魔王には夜目にもくっきりとして見えた。
魔王はすっと目を細めてナツとルーシィを交互に見――ぼそり、呟くように言った。
「かゆい」
「は?」
「何ですって?」
「お主ら、見ていてかゆい。――我輩は違う星に行くこととする」
言うやいなや自称魔王は空に向かって急速上昇した。縄で縛られたまま、闇に溶けた黒いマントを端だけはためかせて。
「!?」
あっと言う間にその姿はナツにさえ見えなくなった。現在の魔法技術ではそれほどまでに高く飛べるはずは、ない。
「まさか…本当に…?」
信じられない気持ちでそれを見送って。ふ、とルーシィは右手の調査票に気付く。身柄を拘束できていない。
調査票を見つめながら無報酬に肩をぷるぷると振るわせるルーシィに、ハッピーが慌てて声を上げた。
「や、やったね!世界を救ったよ!」
「んなわけあるかぁああ!!」
またすぐに、今度は乗り物に乗って仕事に行かねばならないことを思い、ナツはまた夜空に溜息を吐き出した。