パチン!
あたしのスイッチが、入れ替わった。
ただ一つの恋
いつものように、ギルドの酒場に溜まっていた。
ジュビアが熱く見つめるグレイの横でイチゴショートにフォークを刺すエルザ、ナツとウェンディに猫の勝負を持ちかけるガジル…
あまりにも普段通り。
ただ、あたしだけはもやもやしていた。
みんなのいるテーブルからこっそり、カウンターに移動する。
カウンターにはエルフマンとリサーナがいて、ミラと何か話している。
リサーナが戻ってから、居なかった期間を埋めるようにこの弟妹を見つめるミラに、ルーシィは素直に温かい気持ちになる。
「あら、どうしたのルーシィ…」
ミラがルーシィに振り返った。
「のど乾いちゃって…注文に…」
「何にする?」
「アイスカフェラテで」
「わかったわ、じゃあテーブルで待ってて」
「はい」
にっこり笑ったミラに注文した分のお金を渡し、ルーシィはまたテーブルに戻った。
自分の座っていた席に座ると、ガジルから逃げてきたウェンディが机に臥していた。
「ウェンディ大丈夫?」
「あ…はい。なんだか疲れちゃって」
「どうしたのよ」
「ガジルさんが戦わせようってしつこいから…今はナツさんと喧嘩始まっちゃって、さっきやっと逃げてきたんです」
ほら、とウェンディが指した先では、ナツとガジルが机を投げようとしていた。
「……激しいわね」
「はい」
「まったく、仕方のない奴らだ」
ケーキを半分程食べ終わったエルザが険しい顔で2人を睨んだ。
「ルーシィ、あいつらをとめてこい」
「ええ!なんて事言うのよ!」
激しい殴り合いに発展したナツ達を指差してルーシィを見るエルザに、渋々ルーシィは立ち上がった。
あれをどう止めるのよ…
自分の手にはあまる事態に、嫌々足を踏み出し、腰につけた鞭を取り出し、パシっと一度打ち鳴らした。
「ナツ!ガジル!ギルド壊す気!?」
伸縮自在の鞭を2人の足に巻きつけ、ギルドの天井の梁から吊した。
一瞬の荒技に大人しく吊された2人を纏めて睨みつける。
「やればできるじゃないか」
「必殺仕置き人みたいだな」
「ルーシィ勝負しようぜ」
「バニーのくせに」
「うるさいわね」
いろいろ言われ、ルーシィは真っ赤になった。宙吊りにしたナツとガジルを解放し、逃げるようにテーブルまで戻ると、ウェンディに拍手で迎えられた。
「ルーシィさんかっこよかったです」
「強くなったなルーシィ」
「う…言わないでよ…」
居心地悪く、テーブルの下で膝を合わせると、肩を叩かれた。
「勝ち逃げずりぃぞ!次は正々堂々勝負だ!」
「次はギタギタにしてやる」
ギヒッと笑うガジルと、不意打ちでもルーシィにやられた事が不満だと言う顔のナツに挟まれ、ルーシィは頬をひきつらせる。
「しないわよ!エルザ助けてよ」
「む、仕方ないな…」
ガチャンと鎧を鳴らして立ち上がったエルザにナツとガジルは大人しくなった。
その様子にエルザは満足し、喚装を解き、再びショートケーキを食べ始めた。
コト、ルーシィの横にグラスが置かれた。
「はい、おまたせ!さっきは大活躍ね」
人懐っこい顔で、大きな目をくりくりさせて笑うリサーナがルーシィのアイスカフェラテと、自分のと思われるアイスティーを持ってテーブルにきた。
「ナツも、すぐ喧嘩して…ダメだよ」
「ん、でもよー…」
「言い訳かっこわるいよ?ね、ハッピー」
「あい」
幼なじみのたわいないやりとりに、その場に先にいたはずの自分が空気になる気がして、ルーシィは息の仕方を忘れた。
そんな自分を隠すように、カフェラテのグラスについた水滴を指先で拭う。
これがグレイとのやり取りなら、こんな気持ちにならないのに…
急激に乾いていく喉に、カフェラテを流し込んだ。
「あたし、用事思い出したから帰るね」
「ああ、また明日な」
空になったグラスを置き、ルーシィは立ち上がった。
「…ルーシィ?待てよ」
何故か焦ったようなナツの声が聞こえたが、気づいていない振りをして早足でギルドを出る。
照りつける太陽が憎らしい。
なんで、こんなに暑いのよ。
太陽から逃げるように、ギルドから少し離れた木陰に隠れる。
木の幹に背を押し付けて座り込むと、追ってきたナツが隣に立った。
「なんであんたも来るのよ」
「ルーシィこそ、用事ないのかよ」
用事なんてない。
なんでも無い事で逃げ出した自分がわからなくて、恥ずかしい。
「最近ルーシィ変だよな…ま、いつも変だけど、なんかあったか?」
「わからないの」
鈍いと思ってたナツに心配されている。 それが何故か心を軽くした。
「あたし、最近自分の事がわからなくて…」
「そっか…釣りでも行くか」
「は!?なんで?」
「いいから、行くぞ」
無理やり腕を引かれ立たされれと、いつもナツとハッピーが釣りをする湖に連れて行かれる。
何度か一緒に来たことがあるが、このタイミングで何故?ルーシィは首を傾げた。
押し切られる形で湖に連れて来られ、押し付けられた釣り竿を握ったルーシィは、何を考えているのかわからないナツを盗み見た。
「何だ?」
「何で釣りなのよ?」
「頭ン中ぐちゃぐちゃな時、釣りしてるとまとまるんだよ」
「そうなの?」
「おう、だからちゃんとやれよ」
ナツ流の励ましなんだ。
胸の奥に固まっていた冷たく重いモノが温められ、溶けてなくなる気がした。
ああ、そうか…
あたし、ナツが好きなんだ…
小柄なはずのナツの背が大きく見えた。
ナツが好きだから、リサーナに嫉妬して、逃げ出したんだ。
気持ちがわかると、心の中がストンとクリアになった。
逃げずに、向かい合わないと、心配して追ってきたナツに顔を合わせられない。
「ナツ、ありがと」
「おう」
振り向いて笑うナツに、決意を込めた笑顔を返した。