「申し訳ありません。出て行きます」
「ルーシィ、愚かな判断をするのか。安泰な人生を棒に振って、そのどこの馬の骨とも知れん男と」
「その安泰さは鳥かごの中だけよ」

吐き捨てる。父親の敷いたレールは安泰であっても安らぎはない。
ルーシィは彼の眉間に寄った皺を毅然と睨みつけた。

「ご存知だったのでしょう?ママのこと」
「…何を…まさか、この男…!」

バルゴの言った通り、父親は魔法のことを承知していたようだ。加えて、この家だけではないことも知っていたに違いない。ナツが魔導士であることを悟ったのだろう、ルーシィを通り越して彼に強い眼差しを向けた。
しかし、睨みつけていたはずのその瞳に、悲しみが浮かぶのを見てしまった。父親はそれを隠すように、片手で顔を覆った。

「なんという…お前までが」
「あたし、ママの娘だもの…」

声を幾分柔らかくして、ルーシィはその呟きに答えた。
今初めて、この人との血の繋がりを感じる。伝わりにくいが、ルーシィのことを思いやってくれてはいたのだ。平和に、安泰に、生きていけるように。母親のように若くして命を落とすことがないように。
父親はもう一度説得を試みようとしたようだ。咳払いをしてそれまでの感情を表情から拭い去ると、ルーシィに対して再度上から声を落としてきた。

「お前は…その世界で生きていくことがどんなことなのかわかっているのか?」
「寿命が縮まる作用なんてないわ。ママの死因とは無関係よ」
「…しかし安全とは言えないだろう。苦労もする。せめてレイラのようにここで一生を過ごすことは考えないのか」
「あたしはママじゃない。ママの生き方が間違ってるとは思わないけど、あたしはあたしの道を自分で選ぶわ」

この人は不器用なのかもしれない。厳格な父親を作って、押さえつけることで嫌われようとも、ルーシィを守るために。

嘘で固めるなんて――あたしと同じじゃない。

だからこそ、わかって欲しいと思った。きちんと理解してもらった上で、ここを出ていきたい。一方的に出ていくのを告げるのではなく。
ルーシィは怯みそうになる自分を叱咤して、足を踏ん張った。

「後悔したくない。きっと、変われる気がするの。笑って、自分に誇りを持って生きていきたい」
「この家の財産はお前のものになるんだぞ」
「あたしは財産なんてどうでも良い。お金なんて無くても生活していければ十分よ」

父親が息を飲んだ。ルーシィに目を向けてはいるが、その視線が射抜くものは今こことは違う場所のようで。
それまでとは全く違ったトーンで、言葉が沁みた。

「…昔、レイラにも同じことを言われたよ」

ああ、ママ。

ルーシィは苦笑して、そっと視線を外す。今父親が見ているのは自分ではない。
年々、自分でも母親に似てきたと思うことはあった。それは専ら鏡の中に対してだったが、今、父親は間違いなくルーシィの中に面影を見ている。外見だけでなく、内面に対して。
大好きな母親に、少しだけ近づけたような気がする。

『何よりも大切なのは、周りを、自分を信じること』

信じるのは――父親の、自分に対する感情。
ルーシィが顔を上げると、彼はまた厳格な父の仮面を被っていた。重々しい声音で言い放つ。

「ルーシィ、お前は勘当とする。結婚の件もこの家を継ぐ話も、一切無かったことと思いなさい」

それは一方的な通告にも思えたが、ルーシィには免罪符のように聞こえた。

好きなようにしなさい、家のことは気にするな――。

父親の精一杯の愛情に、胸が熱くなる。礼をするべきではないだろうが、何か言いたくて口を開けると、彼は遮るように背を向けて書斎机に手を付いた。

「…たまには手紙を書きなさい。肉筆で」
「お父さん」
「よっしゃぁ、ルーシィ!」

真後ろで上がった大声に肩が跳ねる。振り向くより先に、顔の横を何かが飛んで行った。

「いってぇ!?」
「貴様を認めたわけではない!」
「なんだよ!?」

仲が悪い、というより魔導士が気に食わないのだろう。

ナツの魔法はとても綺麗なのに。

ルーシィは父親が見たら同じように思うだろうに、と考えて首を振る。ここは何も言うべきではない。きっと。
関係の修復にはまだ時間がかかる。ゆっくりと、それこそ手紙でもやり取りしながら、失われた数年を取り戻していくべきだ。
ルーシィは清々しい気持ちで扉に向かって歩き出した。

「さよなら、お父さん。元気で」
「ああ…」
「じゃあな、父ちゃん」
「カッターよりも殺傷能力のあるものが生憎手元にない」
「なんでオレにはそんなんなんだよっ!?」

ナツが喚いて、ルーシィを引っ張った。本気で慌てている様子に苦笑しながら、背を押されるまま廊下に出る。ナツは彼女とハッピーを先に出してから、部屋の様子を窺いつつゆっくりと扉を閉めた。

「どうかした?」
「んん、別に。じゃあ行くか」
「あい!」

階段を下りていくと、警備はまだ三階に釘付けになっているようで人影はなかった。火事も鎮火したのか煙は薄れている。恐らく明日にでも改修作業が行われるだろう。
一階の話し声はどうやら引越業者だったらしい。玄関ホールの隅にダンボールが重なっていた。ナツはそれを持っていくか、と訊いてくれたが、ルーシィは首を振った。

「また新しく部屋借りるし、そのとき送ってもらうわよ」
「オレんちに届けてもらえばいいだろ」
「…あたし、あんたんちに住まないわよ。…って意外そうな顔すんなっ!」
「ルーシィ、やかましいよ」
「じゃあ広い部屋借りろよ。オレ、シャンデリア付いてるとこが良い」
「あんた、あたしんちに住む気じゃないでしょうね。…だから意外そうな顔しないで!」
「オイラ、自動でトイレの蓋が開くやつが良い」
「必要あんの…?」
「オレは自動で食いモンが出て来るのが良いな」
「作れってことじゃないでしょうね?」
「おお、ルーシィ、ナイス勘!」
「えー、オイラ、ルーシィのご飯なんて消化できるかなー」
「食べたこともない癖に…」
「食べたことないから今生きているんだよ」
「その喧嘩買ったわよ…見てらっしゃい、すっごい美味しいご飯作って、そのほっぺたをヒゲごと落としてやるからね!」
「ルーシィ、猫のヒゲはほっぺたから生えてないよ」
「うっさい!」
「よし、明日はルーシィの手料理だな!」
「あい!」
「……あれ?もしかしてハメられた?」

玄関の警備を避けて外に出ると、夕方だからか庭師の姿さえ無かった。夕焼けが二人と一匹の影だけを長く伸ばす。
ハッピーの誘導を追って植物園の入り口まで来て、ルーシィはそっと屋敷を振り返った。父親の書斎は見えない位置だが、見ておきたいと思ったのだ。
だが、屋敷はルーシィの思っていた形ではなくなっていた。

「…何あれ」

外壁から透明な何かがいくつも突き出ている。

「うあ…」
「グレイだね…」

よく見ると氷のようだった。炎に氷。ナツとグレイの折り合いがあまり良くないのはそのせいなのだろうか。
一抱え以上もある氷柱に破壊された外壁に頭を抱えると、木々を割ってグレイが顔を出した。

「遅かったな」
「グレイ!」
「やり過ぎだろ」
「てめぇには言われたくねぇな。小火騒ぎなんて起こしやがって」

グレイはナツに半眼を返すと、屋敷を見もせずに指を鳴らした。その途端、

「わぁっ…!」

存在感を主張していた氷の塊が霧散した。ただ消えたわけではなく、雪よりも細かく刻まれて、空中に光のカーテンを作り出す。赤味を帯びた夕陽がキラキラと照らして、まるでルーシィの門出を祝ってくれているようだった。

「きれぇ…」

思わず漏らした感嘆に、グレイが満足そうに笑った。足元には胸を張るハッピー。並んでどこか不貞腐れたようなナツ。

行ってきます、ママ。

敷地の奥に佇む本邸に、風がゆっくりと氷の欠片を運んでいった。






逃げるんじゃなくて旅立ち。


次へ 戻る
parody
main
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -