元教授の魔法






「?」

窓に目を向けると、ハッピーが後ろ足だけで立っていた。

「ふひゃぁあわらあやぁああっ!?」

風のようだった。
ナツは意味不明な叫び声を上げつつ窓に突進し、ハッピーを鷲掴みにすると極めて速やかに絨毯に叩き付けた。ごずん、と不穏な音がする。

「ちょ…」
「いいい、いいか、ハッピー。違うからな」
「あ、あい?」

押さえつけられたまま、ハッピーが返答する。やはりラジオで聴いていたあの声だった。ルーシィは幻聴でないことを確認したくて、ベッドから下りて彼らに近付いた。

「事故だ、事故っ!別にそんなつもりじゃねぇし!」
「どんなつもりー?」
「ど、どんなって…ああ、もう違ぇよっ!」

涙目で、びっくりするほど真っ赤になったナツが、ハッピーをがくがくと揺さぶる。その様子を見て――、

「…っ!?」

かぁあ、と耳まで一気に熱くなる。慌てて自分の格好を見返すと、破れてボロボロなブラウスの隙間に、下着と肌が見えていた。
完全に乱暴の跡。

「る、ルーシィもなんか言ってくれよ!」

ナツは助けを求めるようにルーシィを振り向いた。慌てて胸を庇う彼女の腕が、無理やりに引っ張られる。

「何もしてねぇよなっ!?なっ!?」
「こっち見んなっ!」

ばっちーん、と本日二枚目の紅葉が散った。



着心地は良いけれど落ち着かない布地から、持ってきていたTシャツへと着替える。ルーシィはちょこんと立ち上がったハッピーの前にしゃがんだ。

どうして喋れるのかしら。

耳とヒゲが項垂れた青い猫は、ルーシィを見上げて頭を下げた。

「ルーシィ、ごめんね」
「何?あ…大学辞めたことなら、あたしの判断よ?別にあんなスキャンダルがあってもなくても、」
「違ぇんだ」

一人、立ったままのナツが、ルーシィを見下ろして眉を下げた。

「…何がよ」
「オレらの仕事、収賄容疑って言ったろ」
「そうね、あたしにはそんな事実ないけど」
「無くて当たり前だったんだ。ターゲットが違ったんだから」
「……は?」

ナツはルーシィと同じようにしゃがみ込んだ。

「ターゲットが、グレイの依頼と入れ替わってた。収賄容疑者は、ルーシィじゃない」
「……」
「すまねぇ」

土下座の姿勢になったナツとハッピーを視界に入れながら、ルーシィは混乱する思考を手繰り寄せるように拳を握った。

収賄容疑を、かけられていたわけじゃない。
と、いうことは?
ナツ達が近付いたのは、スキャンダルを起こすための罠でもなんでもない。
誰かがルーシィを陥れようと画策したわけでもない――。

ぐるり、と後悔が襲う。ナツの言う通り、周りに敵なんか居なかったのだ。居もしない相手に怯えて、その癖それが誰かを突き止めようともせず、誰も信じられないと完結して。
もっと、ちゃんと向き合えば良かった。講座の学生達も、きちんと見てあげれば良かった。
手のひらから零れ落ちた大切な関係に切なさを募らせると、ナツ達が視線を向けているのに気付いた。叱られた子供のような、それでも許してくれることをどこかで知っているかのような、そんな目。
本来なら、ルーシィの元に来たのはナツ達ではなく、グレイだった、ということだ。だったら、今の状態で良かったかもしれない。ナツ達に会えたのは、ルーシィにとって幸せに違いないのだから。
こうして、信じることを思い出せるようになった。
恋、だって。
ナツは困ったような顔をしてルーシィを見つめている。胸を過ぎる想いにグレイだったらきっとこの気持ちは芽生えなかっただろうな、と思いついて。
ルーシィはようやく、グレイと自分との関係を思い出した。

「…じゃあ…グレイの仕事って、何?」
「ルーシィ、あのね。オイラ達、ルーシィに聞きたいことがあるんだ」
「な、何?」
「身のまわりで何か不思議なことが起きたりしない?体が熱かったり冷たかったりする、とか」

そんな覚えはない。ルーシィの周りは極めて普通の日常のはずだった。いっそ、つまらないほどに。
彼女がそれを告げると、ナツがハッピーに手を振った。

「ルーシィ、ラジオ聴いてたってよ」
「ラジオ?って、え、ええ!?じゃあ…」
「おう、ルーシィは、」
「ナツに会う前からナツがバカだって知ってたってこと!?」
「ちげぇだろ!てかバカって何だよ!」

放っておけばどこまでも話が飛んでいきそうだ。本当にラジオと同じ。
ルーシィはほっとして笑いそうになった口元を引き締めて、まずは自分の疑問を解決することにした。

「えーと…訊いても良い?あのラジオは…フェアリーテイルは、何なの?」
「フェアリーテイルは魔導士の会社だよ」
「で、あのラジオは仕事の進捗報告。魔導士じゃないと聞こえねぇんだ」
「…………まどうし?」

それは本の中にしか見られない単語。ナツとハッピーは冗談を言っている様子もない。ルーシィは心の内でまさかまさか、と叫びつつ、ゆっくりと訊き直した。

「まどうしって、魔導士?」

ナツがにか、と笑う。

「おう、魔法、使えるぞ」

目の前で開かれた手のひらに、ぽ、と火が出現する。ナツの目にその光が反射して、同じ動きで揺らめいた。
ほぼ同時に、絨毯の上から青い何かが飛び上がった。羽を生やしたハッピーが、ナツの顔の横辺りでホバリングする。

「ほらな?」

ナツが得意気に笑ってみせた。
ほとんどそれを見ずに、ルーシィはなんとか口から言葉を捻り出した。

「す…」
「す?スイカ?」
「カラス」
「スモモ…じゃなくて!凄い、よ!どっから出たの?熱くないの?どうやってんの?」

ナツの腕を掴まえて、燃料も見当たらないのに勢いの変わらない火に手を伸ばす。ナツは悲鳴を上げてそれを消してしまった。

「危ねぇだろ!素手で触ろうとすんじゃねぇよ!」

尻餅をつきそうになったナツを捨て置いて、今度はパタパタと翼をはためかせているハッピーを捕まえた。魔法と言ってもよくある光の翼、とかではなく、本物の鳥のようだった。羽の質感も触った感じ、大差ない。

「うわ、骨もちゃんとある!」
「擽ったいです、あい…」
「喋るのも魔法なの?」
「これは生まれつきです」
「生まれつき?てことはあんた、人間よりも話せるようになるの、早いのね」
「ぐ、ぐるじぃ…るぅじぃ、首じまっでる…」
「あのな、ルーシィ。ラジオは魔導士じゃねぇと聞こえないって言ったろ?」

いつの間にか、ナツはルーシィから避難するように一歩下がって見下ろしている。頬が若干引き攣っていたが、そんなものが気にならないほど彼女は興奮していた。

魔法って。魔法って。やっぱりあったんだ!

ハッピーを締め付けているルーシィの手を見ながら、ナツは彼女に更に素敵な情報をもたらしてくれた。

「だから、それを聴いてたってことはお前にも魔力があるはずなんだ」
「…あたしに?」

本当にそうなら、なんて素晴らしいことだろう。ルーシィはしかし、首を傾げた。

「でも、あたし飛んだり火ぃ出したり出来ないわよ?」
「魔法は人それぞれです、あい」
「魔法…」

自分の手には何もないように見える。少し念じてみても、何も出ては来なさそうだった。しかし人それぞれと言うなら。それは、どんなものなのだろう。
ナツとハッピーの声が、低く響いた。

「一緒に来いよ」
「フェアリーテイルに来てよ、ルーシィ」

スカウトってこと?

ようやく意味がわかって、ルーシィは目を閉じた。ではグレイは、収賄容疑者に魔法がどうの、だのと説得しているのか。なんと滑稽な。
すぅ、と肺に空気を入れると、浮き足だった心臓が少し落ち着くのがわかった。

一緒に行きたい。魔法も気になるし、何よりナツ達と…フェアリーテイルに入れるのなら――。

ずっと聴き続けていたラジオの謎が解ける。あんなにも惹き付けられたのは、ナツの声のせいだけじゃない。

あたし、入りたかったんだ。あの輪の中に。

ちらり、とナツを確認すると、彼は真剣にルーシィを見つめていた。ここに来たときにも同じ言葉を発していた彼は、やはり同じように視線を真っ直ぐ彼女に向けている。

早く言いなさいよ、こういうことは。

思ったが、ルーシィは全て知った後でも簡単に頷くことは出来なかった。ここはハートフィリアの家で、警備も厳重である。一人娘が抜け出すには、様々な困難が付き纏う。例え上手く逃げ出せたとしても、その後連れ戻されるのは想像に難くなかった。そのときにフェアリーテイルまで巻き込むことになる。
ナツだけなら。ハッピーは飛べるし、きっと無事に逃げてくれるだろう。
ルーシィはしゃがんでいた身を起こして立ち上がった。

「でも、あたしは…」
「心配すんなって。オレんちに住めばいいから」
「家の問題じゃ…て、しかもなんであんたんち!?まさか前に言ってた一緒に暮らすってやつ!?」

あんたいつからターゲットが違うことに気付いてたのよ、と口を開こうとしたとき、ナツの背後に人影が現れた。






ハッピーが居るとシリアスぶち壊し。


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