炎の魔導士の誓い






「そっちへ行ったぞ!」
「こっちは居ない、向こうだ!」
「部屋を虱潰しに探せ!」
「お、おい!火事だ!消火器持って来い!」

しまった、勢い余った。

目を眩ませるために上げた火力が、どうも家のどこかに燃え移ったらしい。後でルーシィに怒られるな、と思ったが普段の破壊よりは随分大人しいと言える。まだ建物は残っている。きっとハッピーもフォローを手伝ってくれるだろう。
人手があるし、それほど大きな火事にはならないと判断して、ナツは一室のベランダから四階へとよじ登った。途中三階の部屋から煙が出ているのには目を瞑って、太陽の位置から東側へと移動する。
端の部屋にはレースのミラーカーテンがかけられていて、中を窺うことは出来なかった。仕方ないので、近くに人が居ないことだけ祈って窓を蹴破る。が、がしゃん、とは割れなかった。元々鍵が閉まっていなかったのか、拍子抜けするほどあっさりと開いて、ナツは部屋の中を転がる。
どん、と背中がぶつかったのは、部屋に一つだけ設えられた書斎机だった。

「貴様…」

唸るような声が、その机の主から聞こえた。

「あの写真の小僧か」

しゅこー、とでも音が出そうな威圧感でゆらりと椅子から立ち上がると、その男は厳格な見た目にふさわしい――いや、それにしても強すぎる眼光でナツを射抜いた。殺気とも言うべき気配に、慌ててその場から距離を取る。ぐ、と膝に力を入れて、ナツは男に立ち向かった。
ルーシィとよく似た色の金髪を、丁寧に撫で付けている。ルーシィの父親だろう。
ナツは急に渇いてきた喉を潤すように、無理やり唾を飲み込んだ。

「ルーシィの父ちゃんだよな?」
「何をしに来た」
「ルーシィを迎えに来たんだ」

友好的ではない。それはわかっていたが、思った以上に骨の折れる相手のようだ。
しかしナツはどうしても一言断っておきたかった。

『…家出、か』

あの寂しげな口調。
口では何と言っても、ルーシィは父親と関係を絶つのを怖がっている。
ならばきちんと伝えて、納得してもらえばいい。

ルーシィが言い出せねぇんなら、オレが代わりに言っといてやる。

更にキツくなった目つきに飲まれないよう、ナツも負けじと睨めつけた。

「連れてくから、許可をくれ」
「ルーシィは大事な跡取りを産む一人娘だ。手を引いてもらおう」
「引かねぇよ」
「何が望みだ。余計なことを言わずに引き下がるのなら、金でも何でも、望むものをくれてやる」

侮蔑がこもった眼差しに「何でも?」と聞き返すと、鼻を鳴らされた。ナツはそれを肯定ととって、拳を握り締める。

「じゃあ、ルーシィをくれ」

ハートフィリア財閥の長は、ひくり、と頬を引き攣らせた。

「ここじゃルーシィは笑わない。あいつの父ちゃんならわかるだろ!?」
「あれを外に出して、もしレイラと同じように…。とにかく、そんなことは許さん!ルーシィは婿を迎え、立派な跡継ぎを産んでこの財閥を、」
「ルーシィは道具じゃねぇ!」

結婚だなどと、聞きたくもない。ナツの想いもあるだろうが、ルーシィがそんな扱いをされることに我慢ができなかった。泣き顔の花嫁など、ナツじゃなくても見たくないはずだ。ましてやそれを父親が強要するとは。
怒りが胸中を渦巻いて、それでも手を出さないように奥歯を噛む。殴っても意味はない。説得できなきゃルーシィは寂しそうなままだ。
ナツはもう一度、「ルーシィをくれ」と唸った。

「大事にする!もう泣かさねぇから!」
「貴様一度は泣かせたというのか!」
「あ、えと…」

痛いところを突かれて目を泳がせると、ルーシィの父親はこちらの胸倉を掴みそうな勢いでだかだかと近寄ってきた。
しかし双方手は出さず、視線だけが交錯する。ナツは自分よりも高い位置にあるその瞳を、睨み返した。

「それはすまねぇとは思ってっけど。でも、オレと一緒に来ればあいつを笑わせることだってできる」
「ここに居れば何不自由なく生活できる。金もない貴様が、ルーシィを幸せに出来るとでもほざくのか!」
「ルーシィを?あいつが幸せかどうかなんて聞かなきゃわかんねぇけど…」

ナツは少し考えて、それでも肯定しなければ、と思いついて、吠えた。

「オレは!ルーシィと居れば幸せだ!」
「貴様のことは聞いていない!」
「んなこと言われてもオレが決められるもんじゃねぇだろ!」
「えっと」

唐突に横から割り込んだ声に、びくりと肩が跳ねる。見れば、いつの間にやらそこには扉を開けたままの格好で立ち尽くすルーシィが居た。足元のハッピーがあんぐりと口を開けている。

「ルーシィ?な、なんでここに?」
「あんたこそ…何よ、迷子?」
「いあ…」

どう説明したらいいだろう。思考と言葉の迷子に陥って視線を巡らすと、同じように面食らっているルーシィの父親が目に入った。

とりあえず説明は後でいい。今はコイツを。

ナツはルーシィに向かって声を上げた。

「ルーシィ!お前、オレと居れば幸せだよな!」
「はぁあ!?」
「いいからうんって言っとけ!そしたら父ちゃんだって納得すんだろ!」
「貴様に父と呼ばれる筋合いはない!」
「ど、どういう…」

ルーシィが一歩後退ろうとして、ハッピーの尻尾を踏んだ。「に"ゃあっ!」と哀れな子猫が空気を裂く。
ルーシィの父親がその声に頭を緩く振った。

「ルーシィ。こっちへ来なさい」
「…お父様」
「ハートフィリアを汚すつもりか」
「汚すってなんだよ!ルーシィはルーシィだろうが!」
「ナツ、黙って」

ルーシィはぴ、と手でナツを制すると、迷いのない足取りで彼と父親の間に割り込んだ。
ナツからは顔が見えなくなったが、その声のトーンだけでこれから何を言うつもりかは容易に想像できる。

なんだ。ルーシィも伝えに来たのか。

凛とした背中。会ってからずっと、ルーシィは背筋を伸ばして前を見据えていた。こんな風に――。
それを認めて、ナツはそうだよな、と苦笑した。

逃げるだけなんて、ルーシィじゃない。

父親との決別を、正面から叩きつけるだけの意志の強さと覚悟。
自分が言ってやらないと、と思って来たが、過保護だったらしい。
ルーシィは明瞭な発音できっぱりと父親に告げた。

「申し訳ありません。出て行きます」
「ルーシィ、愚かな判断をするのか。安泰な人生を棒に振って、そのどこの馬の骨とも知れん男と」
「その安泰さは鳥かごの中だけよ。…ご存知だったのでしょう?ママのこと」
「…何を…」

ナツからは何のことかわからなかったが、父親にはそれで十分のようだった。怪訝な表情は一瞬のことで、すぐさま、ナツを睨み付けてくる。

「まさか、この男…!」

しかしそれきり黙ってしまった。反射的に睨み返したナツは無視してルーシィに視線を戻すと、片手で顔を覆った。

「なんという…お前までが」
「あたし、ママの娘だもの…」

ルーシィの金髪が揺れる。首を傾げたようだ。
背の高い父親の表情は、ルーシィ越しにもはっきり見えた。それに初めて罪悪感を覚えて、ナツは眉を下げる。

ルーシィを連れてったら、父ちゃんも辛ぇんだな。

父親は顔を上げると、努めて厳格な自分を取り繕っているようにこほん、と咳払いをしてみせた。

「お前は…その世界で生きていくことがどんなことなのかわかっているのか?」
「寿命が縮まる作用なんてないわ。ママの死因とは無関係よ」
「…しかし安全とは言えないだろう。苦労もする。せめてレイラのようにここで一生を過ごすことは考えないのか」
「あたしはママじゃない。ママの生き方が間違ってるとは思わないけど、あたしはあたしの道を自分で選ぶわ」

ルーシィの答えは揺るがなかった。ナツがもうちょっと譲歩してやっても、とハラハラするほどに。

「後悔したくない。きっと、変われる気がするの。笑って、自分に誇りを持って生きていきたい」
「この家の財産はお前のものになるんだぞ」
「あたしは財産なんてどうでも良い。お金なんて無くても生活していければ十分よ」

その言葉に、父親の顔に驚愕が浮かんだ。ゆるり、と首を振って零す。

「…昔、レイラにも同じことを言われたよ」

ちらりと足元に視線を落とすと、ハッピーも真剣にルーシィ達を見守っていた。

かち、かち、かち――。

突然に、時計の針が存在を示す。
対峙した親子と、その後ろで固唾を呑む自分達。部屋には先ほど盛大に開け放った窓から西日に近くなった陽光が射し込んでいる。ナツは自分が空気にでもなった気がして、ぱちぱち、と瞬きをした。
父親の目に涙が見えたように思えたが、それを確信することは出来なかった。目を凝らすよりも早く、彼はそれまでの沈黙が無かったかのように淡々とルーシィに告げていく。

「ルーシィ、お前は勘当とする。結婚の件もこの家を継ぐ話も、一切無かったことと思いなさい」

父親はそれだけ言うと、ルーシィに背を向けた。
そして、静かに付け加える。

「…たまには手紙を書きなさい。肉筆で」
「お父さん」
「よっしゃぁ、ルーシィ!」

万歳の体勢からルーシィを抱き締めようとしたが、その短い距離の移動より早く、ぶす、と頭にボールペンが刺さった。

「いってぇ!?」
「貴様を認めたわけではない!」
「なんだよ!?」

的確に投げられたそれを半泣きで抜きながら、自分の頑丈さに感謝した。もしかしたら武器を取るために机に向かったのかもしれない。膨れたナツの近くを、ルーシィの金髪が横切った。

「さよなら、お父さん。元気で」
「ああ…」
「じゃあな、父ちゃん」
「カッターよりも殺傷能力のあるものが生憎手元にない」
「なんでオレにはそんなんなんだよっ!?」

言葉だけじゃなく実際に刃を光らせたのを見て、ナツは慌てて扉に走った。途中ルーシィを引き摺って、ドアノブを回すと廊下に彼女とハッピーを押し出す。
最後に振り返ると、父親がこっちを見ていた。その姿に、ナツの口が勝手に動く。

「大事にする」
「…当たり前だ」

今度はボールペンもカッターも、飛んで来なかった。




階段を下りながら、ナツはルーシィに念を押した。

「ちゃんと手紙書けよ」
「うん…て、何、あんた。なんか気持ち悪いわね」
「いあ…だってよ、オレだって、娘が家を出るっつったら多分凹むだろうし」
「ナツの娘なんて想像できないよ」
「ぷ、そうよねー」
「おい、どういうことだよ!すっげぇ可愛いに決まってんだろ!」
「へー」

ルーシィを見ながら、ハッピーが意地悪そうに笑った。

「…母親に似ればね」
「おい、ハッピー!?」
「あははっ、そうねー」

ルーシィはハッピーの視線には気付かなかったようで、無邪気に笑った。その笑顔にむず痒くなる気持ちを抑えながら、ナツはハッピーの額に軽くチョップを落としてやる。
三階ではまだ人の声が多数聞こえていた。しかし取り立てて切羽詰った様子ではない。恐らく無事鎮火したのだろう。
半眼の視線を受け流して、ルーシィとハッピーを促す。結局一階に着くまで人影はなかった。玄関には警備の人間が居たが、それは適当な部屋のベランダから外に出ることで回避する。別段焦ることもなく悠々と屋敷から離れることができ、ハッピーの案内で今は警備の手薄になっている方向へと歩みを進めた。
木々が生い茂った一画に差し掛かったとき、ルーシィが後ろを振り返ってあんぐりと口を開けた。

「…何あれ」
「うあ…」
「グレイだね…」
「なんだよ、あいつも来てんのか」
「ちょ、何してくれてんのよ…」

屋敷の三階あたりに、氷の柱が飛び出ていた。恐らくは煙を見ての行動だろうが、そこまでしなきゃダメだったのか、というほど大規模で。

まさかルーシィに良いとこ見せようってんじゃねぇだろうな。

むぅ、と口を突き出すと、後ろから話題の人物が声をかけてきた。

「遅かったな」
「グレイ!」
「やり過ぎだろ」
「てめぇには言われたくねぇな。小火騒ぎなんて起こしやがって」

グレイは肩を竦めてぱちん、と指を鳴らした。その途端、氷が弾ける。

「わぁっ…!」

ぱぁっと空気中に散らばる欠片に、反射する夕陽。屋敷を覆う真夏のダイヤモンド・ダストに、ルーシィがうっとりと「きれぇ…」と声を漏らした。

ナツはとりあえずグレイの靴を踏みつけながら、彼女が満足するまで一緒にその光景を眺めていた。






お嬢さんをください。やらん。


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