炎の魔導士の勧誘






飛び立とうとしたハッピーをダッシュで捕まえて、これは事故だ、と言い聞かせたが。
おたおたと目を泳がせて、しかし明らかに楽しんでいる表情で、ナツの相棒であるはずの子猫はきゅう、と鳴いた。

「お、オイラ、このことを十人に言いふらさないと呪いにかかっちゃうよ」
「何その、不幸の手紙みたいなの!?」

ナツとハッピーのやり取りにようやく頬を赤らめたルーシィは、ばちん、と勢い良く平手をかましてくれた。お前が見せ付けたんじゃねぇか、と思ったが、言わないでおく。思い出してしまいそうだったからだ。
ラジオを聴いていたというだけあって、やはりルーシィは猫が喋ることをすんなりと受け入れた。ナツの背後で着替えながら、動揺も見せずにツッコミまで入れてくれる。
ハッピーが満足そうに笑った。と、かくん、と首を傾げる。

「衝撃で忘れてたけど、ナツ、どこまでルーシィに話したの?」
「……」

ナツこそ完全に忘れていた。目を泳がせる間もなくハッピーは理解してくれたようで、はぁ、と溜め息を返してくれる。
着替え終わったルーシィがハッピーを観察するようにしゃがみ込んだ。

「ルーシィ、ごめんね」
「何?あ…大学辞めたことなら、あたしの判断よ?別にあんなスキャンダルがあってもなくても、」
「違ぇんだ」
「…何がよ」
「オレらの仕事、収賄容疑って言ったろ」
「そうね、あたしにはそんな事実ないけど」
「無くて当たり前だったんだ。ターゲットが違ったんだから」
「……は?」

ナツはルーシィと目線を合わせるようにしゃがんだ。

「ターゲットが、グレイの依頼と入れ替わってた。収賄容疑者は、ルーシィじゃない」
「……」
「すまねぇ」

手をついて、ぐっ、と頭を下げる。隣でハッピーも同じように絨毯に頭を付けるのが見えた。
何秒そのままでいただろうか、おそるおそる顔を上げてみると、ルーシィの表情はなんとも複雑そうにくるくるとその色を変えていた。
安堵。後悔。呆れ。納得。入り混じって、そして――不安に落ち着く。

「…じゃあ…グレイの仕事って、何?」
「ルーシィ、あのね。オイラ達、ルーシィに聞きたいことがあるんだ」
「な、何?」
「身のまわりで何か不思議なことが起きたりしない?体が熱かったり冷たかったりする、とか」
「…思い当たる節はないけど」
「そっか…じゃあさ、何か古い紋章が書かれた物とか、」
「あー、ハッピー、大丈夫だ。ルーシィ、ラジオ聴いてたってよ」

遮ってさっき得た情報を放り投げると、ハッピーはぱかり、と口を開けた。

「ラジオ?って、え、ええ!?じゃあ…」
「おう、ルーシィは、」
「ナツに会う前からナツがバカだって知ってたってこと!?」
「ちげぇだろ!てかバカって何だよ!」
「えーと…」

ルーシィが逸れそうになった会話に口を挟んだ。

「訊いても良い?あのラジオは…フェアリーテイルは、何なの?」
「フェアリーテイルは魔導士の会社だよ」
「で、あのラジオは仕事の進捗報告。魔導士じゃないと聞こえねぇんだ」
「…………まどうし?」

こちらの説明に、たっぷりと時間を空けて、ルーシィは呟いた。「まどうしって、魔導士?」
呆然としているが、目が期待に光るのがわかる。ナツは嬉しくて、こくり、と頷いた。

「おう、魔法、使えるぞ」

右手をルーシィの目の高さまで持ち上げて、その上に炎を点す。横でハッピーがぱさり、と翼をはためかせる音がした。

「ほらな?」
「す…」
「す?スイカ?」
「カラス」
「スモモ…じゃなくて!凄い、よ!」

キラキラと、瞳が輝いた。ほとんど体当たりのような勢いで、詰め寄ってくる。

「おわ、ちょっ…」
「どっから出たの?熱くないの?どうやってんの?あああ、消さないでよ!」
「危ねぇだろ!素手で触ろうとすんじゃねぇよ!」

慌てて消火すると、ルーシィは今度はハッピーを捕まえた。こねくり回されている相棒を囮にするように、ナツは立ち上がって一歩後退する。

「あのな、ルーシィ。ラジオは魔導士じゃねぇと聞こえないって言ったろ?だから、それを聴いてたってことはお前にも魔力があるはずなんだ」
「…あたしに?でも、あたし飛んだり火ぃ出したり出来ないわよ?」
「魔法は人それぞれです、あい」
「魔法…」

ルーシィはハッピーを解放して、自分の手をじっと見つめた。それを見下ろして、ナツは強く告げる。

「一緒に来いよ」
「フェアリーテイルに来てよ、ルーシィ」

ハッピーも真剣に彼女を見上げている。数分後――実際は数秒だったのかもしれない――金髪が小さく揺れて、ルーシィはすい、と逃げるように立ち上がった。

「でも、あたしは…」
「心配すんなって。オレんちに住めばいいから」
「家の問題じゃ…て、しかもなんであんたんち!?まさか前に言ってた一緒に暮らすってやつ!?」
「お話は伺いました」
「ほあっ!?」

突然、控えめな女性の声が割り込んだ。びくり、と跳ねた身体の勢いをそのままに、ナツはルーシィを背に庇って腰を落とす。
背後にいつの間にかメイドが一人立っていた。

「だ、誰だよ!?」
「この家の、あたし付きのメイドよ。でもバルゴ、あんたどこから入ってきたの?」
「ここからです」

戦闘派のナツにも気配を感付かせなかったバルゴとやらは、無表情でベッドの陰を指差した。それをなんとなく恐々と見やって、ナツはぱちくり、と瞬きをする。

「…穴に見えんだけど」
「はい、穴です。ちなみに貴方がお嬢様を無理やり押し倒したところからこちらで見ておりました」
「んなことしてねぇよっ!」
「ちょ、ちょっとバルゴ!あれは事故だってば!」
「証人キター!」
「お静かに」

表情を変えずに、バルゴはナツ達を窘めた。まぁまぁ、と言うように両手を動かし、こちらに言葉を飲みこませる。
そしてやはり顔にはなにも感情を浮かべず、はっきりと言い切った。

「お嬢様は確かに魔導士です」
「……え?」
「え、と…バルゴ?」
「なんで知ってんだ?」
「レイラ様も…今は亡き奥様のことですが。あの方も魔導士でした」
「ママ、が…?」
「ルーシィ?」

揺らぐ気配がして振り向くと、ルーシィが傾いた身体を立て直しているところだった。ナツが手を伸ばそうとしたが、それはさっと近寄ってきたバルゴによって先を越される。

「あ、ありがと、バルゴ…」
「いいえ。私はお嬢様のものですから」
「おい…その言い方おかしくねぇか」
「オイラ昼ドラ見てるみたいです、あい」

わくわくしたように拳を握る二足歩行の猫に睨みをきかせて、ナツはルーシィを支えたバルゴに向き直った。

「遺伝すんのか?」
「はい。この魔法は先祖代々、この家系に受け継がれるものです。奥様とお嬢様だけでなく、奥様の母君にあたる大奥様もそうでした」
「…お前、いくつだよ?」
「お嬢様。この男、女性に年齢を訊くほどデリカシーが欠けているようです。抹殺しても良いですか」
「え、えと…」
「迷うなよ」
「どんな魔法なの?」

ハッピーが傍観者をやめて、会話に加わってきた。バルゴが優雅に一礼する。

「私です」
「ん?」
「私以外にも居ます」
「いあ、簡潔すぎてわかんねぇよ」
「バルゴが、魔法?」
「はい。黙っていて申し訳ありません。私は星霊という存在で、人間ではありません。お嬢様の魔法は星霊を喚び出す、召喚魔法です」
「せいれい?」
「おおっ、なんか凄そうだな」
「人間じゃないって…そういえばバルゴ、あんた、ずっと年取らないわね…」
「…気付けよ」
「奥様に頼まれて、今までお嬢様を陰ながらお守りしてきました。奥様は死に際に、お嬢様には魔法を継ぐかどうか選ぶ権利がある、とおっしゃっておられました。そして、もしその時がきたら、」

バルゴはどこからか、四角い箱を取り出した。

「これを、お嬢様にお渡しするように、と」
「これ…?」

シンプルな修飾が施された、アンティーク調の白い木箱だった。滑らかな猫足に支えられて、一見するとオルゴールのように見える。






バルゴ全開。


次へ 戻る
parody
main
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -