最後の夜、ノディーヌの部屋の前。
真夜中にそっとドアを押し開けたノディーヌを、
「こんばんは、ノディーヌさん」
廊下で待ち伏せていたルーシィがにこやかに呼び止める。
「…こんばんは、お嬢さん。月の綺麗な夜なので」
これまたにこやかに返事をする、ノディーヌ。生憎今日は曇りで月など出ていないが。
「決着でも、つけるのである」
「決着ね。いいわよ…アンタ、襲われるなんて嘘だったんでしょ?好みの魔導士を呼び寄せるための依頼だったのね」
祭は平和そのものだった。聞き込みによると意外にもノディーヌの事業は円満で、恨みを買うようなことは今のところ考えられなかった。ナツは暇を持て余してか段々と不機嫌になっていた。
「依頼料は払っているのである」
「そんな依頼だったら誰も受けないわよ!」
言って、鞭を一閃。ばちん、とノディーヌの横を弾く。
初めから牽制だと見切っていたのか、ノディーヌが持っていた枕を投げつけてきた。
「っ!」
鞭を振り下ろした体勢のまま避けると、ノディーヌはすでに地を蹴ってバランスを崩したこちらの足めがけてタックルをかましてくる。
どたん!
真夜中には似つかわしくない物音が響く。と、
バタン!
扉が開いた。ナツの部屋の、扉。
「おい、ルーシィ!どうした、敵…か……」
ルーシィの上にはノディーヌの小太りな体。
絡み合っているようにも、見えなくは、ない。
焦ってノディーヌの下から這い出す。
「あ、えと。敵じゃなくってね」
「ノ、ディーヌ……」
「ナツさん、これは、」
「ノディィィイイイヌゥウウウウ!!!」
グォッと全身に炎を纏い、ノディーヌに突進した。
「ひぃいいいいいい!?」
「開け!処女宮の扉!バルゴ!!」
慌てて鍵を振り上げ、
ずぼっ!
「おあぁあああぁああぁぁぁぁぁ……」
間一髪、ノディーヌの下に穴を開けて落とした。
「待ちやがれぇえええええ!!」
「え、ちょっと、ナツ!?」
ほっとして息を吐いたのもつかの間、ナツはあろうことか追って穴に――
「ええええええ!?」
ナツの行動に唖然として口を開ければ、すぐ後ろにノディーヌを抱えたバルゴが戻ってきた。
「只今戻りました」
「バ、バルゴ!ナツは!?」
「まきました。蟻の巣のように穴を掘りましたので」
ノディーヌは失神したようだ。
「ま、まいたって…」
「それより姫、ここから避難してください」
「え?なんで?」
「ナツ様がしつこかったので、地盤に穴を大量に掘りました」
ごごごご、と揺れる館。心なしか傾いて…?
「崩れると思います」
「いやあああああ!?」
ぴききっ、と床に亀裂が入ったのを皮切りに、屋敷の柱という柱が倒れ始めた。
「も、申し訳ありません!」
「いや…ここは別荘なのでひとまず心配は要らないのである…」
上がった炎を見つめて放心したように言葉を紡ぐノディーヌ。
脆くも崩れ去った館は、今穴から這い出してきたナツによって追い討ちをかけられている。
「ナツさんは…感情的になりやすいのであるな…」
「は、はぁ…。直情的というか、行動が単純というか…でもそれで助けられたことも多いんです。悪い奴じゃないんですよ」
一応フォローを入れてやる。あんなんでも同じチームだ。
そう。チーム。チームのよしみで。
炎に照らされてか、熱くなった頬をぱたぱた、と手で扇ぐ。
ノディーヌはそれを見て、諦めたように微笑んだ。
「ルーシィさん」
「はい?」
初めて名前を呼ばれた。
「私…今度護衛が必要になったら、あなたに依頼したいのである」
「!」
3日戦い抜いてお互いの手のうちを見せ合った。初めこそ嫌悪感でいっぱいだったが、ノディーヌはただ好みの相手にアプローチしているだけであり、その愛情表現が行き過ぎているだけだった。
女だったらどうだろう。例えば美人がセクシャルに誘惑したところで大した問題にはならない。ただ男だという理由だけで、許されないのはおかしい。
ルーシィはノディーヌを嫌いになりきれなかった。ナツはあまりにも鈍感で、妨害をしながらもちょっとは気付け、と声を張り上げたかった。あれだけやっても駄目なら、自分はどうアプローチしていけばわかってもらえるんだろうか。いや、好きなんかじゃないけれども。
ナツという強敵に共に立ち向かった戦友に、ルーシィは心からの微笑みで返す。
「はい、喜んで!」
ナツはなおも炎を吐き出し、瓦礫と化した館を燃やし続けている。
「ノディーヌゥウ!出てこいやぁああ!」
「ルーシィに何しやがったぁああ!」
「ルーシィも嫌がれよぉおおお!」
「ノディーヌばっか構ってんじゃねぇえええ!」
「なんか冷てぇぞぉおおお!」
途中から叫ぶ内容がおかしくなっていたが、見ている二人は半笑いで。
それは、キャンプファイヤーのように勢いを増すばかりの炎が全てを灰にするまで続いた。