どこかで春が






今日は酒場のテーブル席が妙に混んでいて、仕方なくカウンターに座った。
三つ隣では金髪と黒髪が呑気に肘をつきながら話している。
聞こうと思わなくても竜の耳は勝手に会話を取り出していった。

「ルーシィはすぐ顔に出るからな。わかりやすいんだよ」
「なによ、それ?あたしがバカみたいじゃない」
「なんだよ、素直でかわいいって言ってんだろ?」
「ちょ、やめて!髪の毛ぐちゃぐちゃになる!」
「かわいくおねだりしてみ?」
「や…やめてぇん?」
「却下」

急に冷たくなったタレ目の声に、女は爪先で一撃を入れた。
中身のない会話。じゃれ合う様子に面倒だ、と感じる。このギルドはいつでも騒がしい。
自分にはどうでもいいことだけれど。
ぐい、とジョッキを傾ける。
ジュビアに連れて行かれた氷の魔導士と入れ違いに、今度は炎の魔導士がやってきた。
女の視界に入るやいなや、真顔で言い放つ。

「かわいい」
「…な、に、言ってんの?」
「かわいい」
「ま、待って。ナツなんか変な物でも食べた?」

焦る女の顔は赤く、火竜の奴を直視できないでいる。こいつくらいの容姿なら言われ慣れているだろうに。少し不思議に思って耳鳴りしない程度に聴神経を集中させる。

「ルーシィの料理しか食ってねぇ」
「ちょっと待ちなさい。いつ食べたの?」
「さっき。お前んちの鍋にポトフ入ってたから」
「はぁああ!?ちょっと、あれあたしの晩御飯ー!!」
「まぁいいじゃねぇか」
「良くないわよ!」

どういう関係なのか。勝手に家に入って勝手に料理を漁る?一人暮らしの女の家に?その非常識っぷりにやっぱり関わり合いにはなりたくねぇな、と思う。

「ルーシィ。かわいい」
「…っ…!で、な、何なの、それは」
「グレイが言ってたじゃねぇか」
「…だからって何よ?」
「お前…かわいい?のか?」

顔は真剣なままで、首を傾げる。そりゃあそうだろう。興味はないが。
女が口元を引きつらせて半眼になった。

「あたし、あんたには何か決定的に足りない気がするわ」
「失礼な奴だな。ルーシィがもっとオレにかわいくすればわかるって」
「な…い、今でも十分可愛いでしょーがっ!あ、あんたに可愛くしてるんじゃないけどっ!」
「ふぅん?わかんねぇな」

マフラーを巻いた首元を掻きながらダメ押し。この次に何が起こるか予想がついてビールで喉を潤す。バカが。

「ふ、ふふふ」
「お?」
「ばかー!!」
「うぎゃっ!!」

放物線を描く火竜の体が、オレのすぐ横まで飛んで落ちた。




「かわいいってよくわかんねぇんだよ」

肩を怒らせてギルドから帰った女を見送って、殴られた頬を擦りながら火竜がごちる。看板娘が冷やしたタオルを差し出した。

「ナツ、可愛いっていうのはね?ナツがルーシィの表情や仕草に、良いなって思うことよ」

ジョッキを傾ける手が止まった。え?まさか?

「そんなのいちいち言ってたらずっと言いっ放しじゃねぇか」

それはもう盛大に酒が口から飛び出した。さっきの火竜よりも綺麗な放物線を描く。

「うあ、きったね」

飛びのいた火竜に照れた様子はない。それどころか、喧嘩売ってんのか、と噛み付いてきた。
口元を拭うことすら忘れて凝視する。――意味がわかってない?

「まさか火竜…」
「残念だけど自覚無し、よ」

首を振りながらこちらにもタオルを差し出してくる。
唖然として礼も言わずに受け取る。自覚無し?これで?

「これで気付かねぇのか」
「とんでもないでしょ?」

苦笑したはずの看板娘の表情は、なぜかとても楽しげに見えた。






ゆーくさまの「Absurd Lovers」相互記念にこっそり書かせていただきました!

ガジルくんです。差し上げるものなのにどうしてこんな色物になったんだろう。
おわかりでしょうが、ミラさんに「とんでもない」を言わせたかっただけです。
無理やりですね、申し訳ない。とんでもないのはナツだけだし。
恋人設定も考えたんですが…難しいですね…。思いつかず、こんな結果に。

ゆーくさまのみお持ち帰りできます。
相互ありがとうございます!



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