ルーシィ・ハートフィリアは認めない。
トラブルメーカーで落ち着きのない、子供のようなナツを恋愛対象として好きになるはずなんてない。
彼女は自らが箱入りのお嬢様育ちであることは自覚している。それまでの人生で、人より多く持て余した暇を全て趣味の読書に注ぎ込んできた彼女だから、恋愛というものに夢を見ているのかもしれない。
しかし、だからってこれはないだろう、と思うのだ。
今日も不在時に部屋に勝手に押し入られ、挙句の果てにソファで折り重なるように転がっている彼とその相棒を見て、絶対に、絶対に認めない、と決意を新たにする。
絶対に、好きになるはずなんて、ない。
「ちょっと…、いい加減起きなさいよ」
「んー…」
「あい…」
夢心地の二人は安心しきった表情で、ルーシィはまた声を荒げる機会を失う。
「まったくもー…」
家に帰ったら居ることには慣れていた。しかし彼女はそれを毎回きちんと叱る。そうしなければ――認めることになってしまうから。
部屋着を持って洗面所に入り、沸かした風呂に入る。
入浴剤を溶かした桃色の湯に、誰かの顔が過ぎる。
目を閉じて首を振り、湯を両手で掬って顔にかけた。
ぱしゃん。湯が跳ねる。
限界かもしれない。
違うと思っている。いや、思いたいと思っている。
しかしすでに彼女は彼のことを常に考えるようになっており、見なくてもどこにいるか、何をしているかがわかるようになっている。
「痛いなぁ…」
湯をかぶった前髪が、水面に波紋を描く。
彼が子供みたいだから、という理由だけではないのは気付いていた。
素直になれないのは誰のせいか。
こうやって毎日のようにやってきて、人の心の扉をぶち破って入り込む。
「なんでもない、くせに…」
彼は何の他意もなく遊びに来ている。相棒と一緒に。彼女の期待を叩き壊して。
その繰り返しが、恋愛経験の少ない彼女をより臆病にさせているのは間違いなかった。
ぽとん、と前髪からではない水滴が新たな模様を浮かばせた。
唇を噛む。
無理やり押さえつけた感情が爆発する寸前のようだった。
ぽつ、と水が落ちるような音が聞こえて、ナツは目を覚ました。
「…ルーシィ?」
腹の上の猫が転がり落ちる。
音は風呂場から聞こえていた。机の上には彼女がいつも持ち歩いている小さなカバンがある。――帰ってきて、風呂場にいる。
漂うは桜の香。回らない頭をぼんやりと風呂場に向けると、再度水音が耳に届いた。
「……」
遠い。
彼にはわからない。彼女が自分のことを何だと思っているのか。こうして部屋に自分がいるのに、なぜ警戒せず風呂に入ってしまえるのか。
確かに彼女は最初警戒していた。その時は自分はそんなつもりなんかなかったし、警戒されることが不自然に思えた。
けれど、彼女への想いを自覚してしまった今となっては、意識されないことが苦しくて――辛い。
側にいるだけで満足していた前とは、確実に変わってきた。
彼は目を細めて風呂場へ向かう。