窓から月が見える。
ルーシィは目を開けたままぼんやりと状況を整理する。
ここはルーシィの部屋で。ベッドで。
「痛っ…?」
起き上がろうとすると髪が何かに引っ張られた。
視線を巡らせると少し筋張った、誰かの手。
「……」
誰か、なんて。
相手が寝ているのを良いことに、ルーシィは微笑む。それはもう、幸せそうに。
ナツはルーシィの金髪に右手を絡ませたまま、ベッドに上半身を突っ伏して寝ていた。
桃色の髪が呼吸に合わせてゆっくりと動く。
その向こうに、青い猫の紋章が見えた。
ルーシィはその日意識を失い、ギルドで倒れたのだった。
特に何かをしていたわけでもなく――。理由が思い当たらない。
とりあえず今は体に異変は感じないが。
はぁ、と溜息を吐く。きっと皆に心配かけただろう。
するとナツが身じろぎした。
「ん…」
「ナツ?」
声をかけるとナツは寝ぼけ眼のまま、猫のように伸びをした。
「い、いたっ」
「お?おはよ、ルーシィ。もう大丈夫なのか?」
ナツの手はルーシィの髪に絡んだまま。その事実は嬉しいけれど。
「ちょ、痛いって。放して」
「あー…」
何故か放さないまま困ったような表情を浮かべ、ルーシィの髪を撫で付ける。
その手付きが余りにも優しくて。
「な、ナツ?なに?」
ルーシィはうろたえて理由を問いただす。
「ルーシィ、あのな」
「う、うん…」
ナツの目はあくまで真剣なまま言い放った。
「外れねぇんだ」
「は?」
「いや、袖のボタンに絡まってんだよ。取れねぇもんだから」
仕方なくてここで寝てたんだ、とあっけらかんと言う。
「…へえ…」
看病してくれたのか、とか心配してくれたのか、とか。
期待させるだけさせてこの仕打ち。
「…じゃあ服脱ぐとかボタン引きちぎるとかしなさいよ」
不機嫌に彩られた声を発するもナツははっとしたような顔をする。
「今気付いたって顔すんな!」
「よし、動くなよ」
いそいそと上着を脱ぎ、ボタンに力を込めながら、ナツが言う。
ぶちり、と糸が切れる音。
頭がベッドから開放され、起き上がって縺れた髪を手ぐしで直した。
「治って、良かった」
ぽつり、と。上着から取ったボタンを見つめながらナツが零す。
ルーシィには、髪に絡まった、なんて口実のように思えた。
ナツは離れたくなかったんじゃないか。
もっとナツを信じてもいいんじゃないか。
月明かりの差し込む暗い部屋で、ルーシィは顔を赤らめる。
「もう平気。…ごめんね、突然倒れたりして」
素直になりたかった。可愛い女の子になりたかった。
ナツから見て、世界一可愛い女の子に。
それを聞いたナツは両手をぱん、と前に合わせた。
「悪ぃ」
「え、何?」
「ルーシィに、魔法かけたのオレだ――低血糖の」
「は?」
「マカオに教えてもらってよ…本当はルーシィじゃなくてネズミにかけるつもりだったんだけど」
ルーシィの方が的がでかいもんだから、あっはっは。ナツは笑う。
「あっはっは、じゃないわよっ!!」
「おぶっ」
腰の回転を切って正拳を叩き込んだ。
翌日ミラジェーンがナツの慌て振り様を報告するまで、ルーシィの機嫌は直らなかった。