水たまり






「ルーシィ、あれ見てみろよ」
「え?何?」
「ほら、あれだってば」
「どれ?…うわ!?」
「やーい、ひっかかったー」
「子供かっ!?」

前方に水溜りを見つけて、ルーシィの気を逸らして。見事に彼女をそこに落とすことに成功して、ナツはけらけらと笑った。
夕方降ったばかりの雨で、道のところどころに鏡が出来ていた。濁りもなく透明なそれらは、月の光と街灯を反射させて地面に星空を作り出す。
ルーシィは突っ込んだサンダルの底に水が入って気持ち悪い、と嘆きながら、頬を膨らませてナツを睨んだ。しかしすぐに諦めたように息を吐くと、足を水溜りから引き上げる。
どうせ彼女の家はもうすぐそこであったし、これくらいで怒るような人物ではない。怒ったとしても引き摺るようなタイプでもない。いつだって、ナツの行動に呆れ、怒り、許して、笑う。その全てが彼にとって楽しくて嬉しくて、幸せだった。

「ったく、もう。いつか仕返ししてやるからね!」
「へーへー」
「あたしやる時はやるわよ!」

サンダルによって出来た波紋はとうに消え、水面は平穏を取り戻している。
それを今度はきちんと跨ごうとして、ルーシィがナツに背を向けた。途端、

「!?」

水に映った円に、ナツの背筋がぞくりと寒くなった。光の色のせいではない。頭を過ぎったのは、昼間ルーシィが話してくれた東洋のお伽話。今ハッピーがここに居ない理由。

『シャルルってかぐや姫みたい』
『なんだそれ?』
『この本。昨日読み終わったばかりなんだけどね。願いと称して無理難題を突きつけて、求婚を断るお姫様よ。ハッピー、結構アプローチしてるけどいっつも素っ気無いじゃない』
『ルーシィ、オイラのこと苛めて楽しい?』
『そ、そんなつもりは無いんだけど。…かぐや姫ってね、最後は月に帰っちゃうのよ』
『え…』
『もしかぐや姫が求婚を受けて、どうしても居残りたいほど大切な人が出来ていたら、帰らなかったかもしれないわよね』
『お、オイラ、今日はシャルルをデートに誘えるまで家に帰らない!』

背を向けたルーシィに、本の挿絵に描かれていた東洋の衣装を纏った姫の姿が被る。その足が、今にも月に届きそうになって。

「きゃ!?」

ナツはルーシィの腕を抜く勢いで引っ張り寄せた。ぱしゃん、と再度水音が響き、冷たい光が崩れて揺れる。

「え…な、なに?」

何が起こったのかわからない、と顔に書いて、ルーシィがナツを見上げた。しかしすぐに自分の立っている場所に気付くと、つ、と水溜りに視線を移し、次いで、被害を受けた右足を見やる。がくり、と肩が落ちて金髪が揺れた。
もうそこにはかぐや姫の幻影は無い。それでも不安を拭い去れずに、ナツは掴んだままの腕に力を込めた。

「い、痛。痛いわよ」
「あ、悪ぃ。あー…ルーシィ?」
「何よ?二回も水溜りに嵌めといて、どんな言い分があるっての?」

半眼で睨みつけるルーシィに、必死で記憶を手繰り寄せる。帰させないためにはどうすれば良いんだったか。思い出せないまま、とりあえずナツは頭に湧いた言葉を紡ぐ。

「帰るなよ」
「は?」
「えーと…なんだっけ?入魂?するから」
「ちょっと待ちなさい、ビンタまでする気!?」

頬を引き攣らせて後ずさろうとするのを、腕を引くことでその場に止める。焦ったようなナツの表情に、ルーシィの片眉が上がった。

「どうしたのよ、なんか変ね」
「いあ…」

変と言われて言い返したい気持ちはあったが、ナツはそれを飲み込んで頭の片隅に追いやった会話の内容を探った。結果出た煮え切らない生返事に、ルーシィがふぅ、と溜め息を吐き出す。

「とりあえず、足が冷たいから放して欲しいんだけど」

見ればルーシィの爪先はまだ雨水に浸されたままだった。ナツはようやく思い出す。

そうだ、願いを叶えてやれば良いんだった。

ナツは言われた通りに腕を解放した。しかし間髪入れずに華奢な背中に手を回して、もう片方の手を膝の裏に通した。ルーシィの目が点になっている隙に、持ち上げる。

「え、ちょ、ちょっと!?」
「暴れんな」
「何!?これ何なの!?お、下ろして」
「足、冷たいんだろ。持って帰ってやるから」
「もうちょっと言い方考えて!てか、自分で歩けるってば!い、家に帰して!」

ルーシィは悲鳴を上げてしきりに足をばたつかせていたが、20秒ほどで静かになった。ナツは指先の柔らかな感触を極力考えないようにしながら、足取り軽く運河脇の部屋を目指す。
唇を引き結んで何かに耐えているようだったが、今は大人しく腕に納まって拒絶を示すこともない。願いは叶えた。ルーシィはここに居る。ならば。

「これで帰らないんだよな」

言って笑顔を向ければ、目を潤ませたルーシィがナツを見上げた。

「か、帰らないって……ん?あれ、これあたしんちに向かってる?」
「当たり前じゃねぇか。お前どこ行きたかったんだよ?」
「か、帰るなとか帰らないとか言うから、あんたんちに連れてかれるのかと」
「オレんち?別にいいけど、何か用なのか?」

ルーシィは半眼をナツに向けて、深く長く息を吐き出した。「そうよね、ナツだもんね」と諦めたような声を出したかと思うと、ぴ、と道の先を指差して、

「ほら、足止まってるわよ!」

夏の日差しを思わせるような、からりとした笑顔を浮かべた。それは本の中で愁眉を浮かべた『姫』なんかとは比べ物にならないほど明るい、いつものルーシィの笑顔で。
むずり、と鼻先を擽られたような心地に、ナツも自然に笑顔になる。

「おう!」とそれに応えて、ナツは足元の月を崩した。






鏡花水月」のゆんさま宛てにこっそり相互記念として書かせていただきました!

鏡花水月関係ない…!水に月は映ってるけど、別に月を愛でてない…!どゆこと!?
慌てて幻も入れてみたけど全く生かしきれていない…。やはりたにし、お題から書くのが酷く苦手のようです。ゆんさまに限らず、リンクしてくださった方々、サイト名を汚してしまって申し訳ないです…。
と、とりあえず水に映った月を踏むルーシィにかぐや姫を重ねたけれど、水月は本物の月じゃないしルーシィだってかぐや姫じゃないからどこにも行かないよ、という内容を書きたかったんですけど…これはあれですね、スライディング土下座の準備をした方が良いですね。
本当は鏡花水月法を使ってみたかったんですが、たにしには無理でした。だいたい何の存在をアピールすれば良いのか、思いつきませんでした。でも今後やってみたい技法の一つではあります…て、課題が増えましたね。しかも現代文で何やる気だ、て感じですね。


ゆんさまのみお持ち帰りできます。
相互ありがとうございます!



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