静かな湖畔






良い天気だった。
空は雲ひとつない晴天を誇り、風は緑色の隙間を縫って土の匂いを運んでいる。視線の先の湖では、二羽の白鳥が優雅に泳いでいた。
波紋に揺れて輝く湖面を眺めて、ルーシィは細く息を吐いた。
仲睦まじく寄り添う二羽は、光景に平和という名称を与えている。
ルーシィはその穏やかさを愛でながらも、いつも側にある騒がしさを恋しく思った。
振り回されて迷惑に思っていても、いざ静かになると途端にその不在が気になってくる。不法侵入者達を追い返した後も、寂しさを感じることが多くなってきた。

(一人で居られないわけじゃないけど)

自分を見直したくてやって来た湖だが、こんな気持ちになるのならもう決定的と言って良いだろう。

「ルーシィ、何やってんだ?」

突然の声に振り向くと、ナツが桜色を傾けて不思議そうにルーシィを見ていた。
今まさに考えていた人物の登場に、顔面を占めそうになった歓喜をなんとか押し込める。ぷい、と目を湖に戻して、出来るだけ素っ気無く答えた。

「別に、何ってこともないけど」
「ふーん。お、白鳥か。捕るのか?」
「捕らないわよ!」

ナツはルーシィの答えを聞いて意外そうな顔をした後、隣に腰を下ろして笑った。

「大丈夫、誰にも言わねぇよ」
「だから捕らないってば…」
「あー、良い天気だなー」

手を身体の後ろに置いて、ぱかり、と口を開けて空を仰いだナツを、ルーシィは横目で睨んだ。
こんな、まるでデートのような状況にも、この男はさっぱりだ。
ふと、白鳥の首がお互いにくく、と曲がり、嘴の先が合わせられる。

(あ…)

その二羽の首がハートを形作ったのを見て、ルーシィはほんのりと頬を染めた。
静かな湖、ナツと二人で、ハート形を見たなんて。
とは言え、ナツは空を見上げている。加えて意識しているのは自分一人だ。
ルーシィはそれでもどこか幸せな気持ちで目を細めた。

「お、あれ、ハートに見えるな!」

見ていないと思っていたナツが突然声を上げたので、ルーシィは身体を跳ねさせた。

「あ…あんた、ハートって知ってたのね」
「おい、そりゃいくらなんでもバカにし過ぎだろ…」

ナツは半眼でルーシィを睨むと、視線を地面に落とした。

「?」

ルーシィも倣って地面を見たが、何もない。ふと、ナツの影が動いた。

「ほら、ルーシィ」

ナツは白鳥の首と同じように片腕を曲げて、ルーシィに指先を向けていた。視線は地面の影に落とされたまま、ルーシィにも同じことを強請る。
やりたいことはわかったが、それを素直に真似なんて出来なくて、ルーシィは呆れた声を作った。

「何をしてんのよ」
「良いから、ほれ」

ナツはルーシィの腕を取って同じように曲げさせた。影を見つめたまま、全く周りが見えていない。ルーシィの頬が赤いことなど、全然気付かない。
こうやって、ナツはルーシィの気持ちを見ないまま、いつだって形ばかり整えていく。
その形が、どういう意味を持つかなんて、考えもしない。

「よし、動くなよ」

ルーシィの腕を白鳥に仕上げて、ナツは自分も腕を曲げた。しかし、人間の腕は真っ直ぐで、影はその形を上手く見せてはくれない。

「んー?上手くいかねぇな」
「ちょ、いたた、それ無理があるでしょ!」

無理やりルーシィの腕を曲げようとしたナツに抗議して、溜め息を一つ吐き出した。

(興味が沸いたら一直線なんだから)

ルーシィは呆れながらもそんな子供のようなナツが微笑ましくて、少し手助けをしてやった。

「普通こうでしょ?」

親指を下にさげて、ハートの下半分を作る。ナツがルーシィの手を見て、同じように動かし――視線を影に戻した。

「おお、出来た!すげぇな、ルーシィ」
「それはどうも」

この男は一体いくつなんだろうか。出来上がったハートの影を目を輝かせて見つめる横顔。どう考えても幼い。
ルーシィは影に視線を移した。ナツとルーシィの真ん中、顔の横辺りに、まるで落書きのようにハートが浮いている。
この状況でもまったく甘い雰囲気が訪れないのは、さすがナツ相手、としか言いようがなかった。






無自覚無邪気ナツと自覚ルーシィ。


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