お正月





ちゃりん、と投げた賽銭が、桐箱の中で音を響かせる。太い綱を揺らして天井近くに取り付けられた鈴を鳴らせば、その大きさに見合った低い音がごろろ、と降ってきた。
予め説明を受けた作法通りに二回おじぎをしてぱんぱん、と手を叩くと、ルーシィの真後ろに気配が続くのがわかった。

「……」

黙ったままでいてくれる彼らに少しだけ口角を上げて、願いごとを思い浮かべる。

何か良いことがありますように。怪我とか病気とかしませんように。家賃、ちゃんと払えますように――。

たっぷり30秒近く拝んで目を開けると、下から4つの瞳がルーシィを覗き込んでいた。とりあえず無言を貫いて、一礼。す、と神殿と呼ばれるそこから横にずれて、不躾な視線を投げてきた犯人達を振り返った。何もせずにルーシィにくっ付いてきたナツとハッピーに首を傾げると「オレらはもう済ませたぞ」と返される。
空は高く、雪の匂いがする。ルーシィは大きく息を吸って、その空気を胸いっぱいに取り込んだ。




鳳仙花村の年始イベントとやらで、東洋の屋台が出ると聞いたナツ達が、ルーシィを誘ってきたのは今朝早くのことだった。と、いうよりは年末年始の宴に沸いたギルドでのことだったので、今朝だか夕べだかわからないような時間だったが。
二つ返事でOKして、あっという間にここまで来て。村の一角に設えられた『神社』と呼ばれる建物で、東洋の『参拝』を済ませた。これで東洋の神様が今年一年の願いを聞いてくれるらしい。あとは、ナツとハッピーの目的、敷地内に立ち並ぶ屋台だ。
「あっちね」と指すと、ハッピーを肩に乗せたナツが嬉しそうに笑った。

「あい。ルーシィ随分長かったね。何お願いしたの?」
「世界中があたしにひれ伏しますように」
「怖ぇよ!?」
「冗談よ」
「目が本気でした、あい」

青褪めた二人を呆れた表情で見て、ルーシィはふと「あんたらは?」と逆に聞いてみた。

「オイラはお魚たくさん食べれますように!」
「まぁ予想通りよね。あんたも食べ物関係?」
「オレは帰りにルーシィが列車乗るって言い出さないように」
「言わないわけないでしょ!?あんた歩いて帰る気!?」
「なんだよ、やっぱ願いごとなんて叶わねぇんだな」
「あい…」

肩を落とした二人にルーシィは慌てる。冗談かと思ったがガチで願ったようだった。

「ちょ、ちょっと、何?なんであたしが悪いみたいになってんの!?大体そんなことなら神様じゃなくってあたしに直接言いなさいよ!」
「え、じゃあルーシィ、列車には乗らないって」
「言うわけないでしょ!」
「あー、ナツかわいそー」
「その棒読みなんとかしなさいよ、ハッピー…」

歩みを止めないまま会話していたので、目の前に屋台が見えてきた。
神様じゃなくて、直接。自分で言った言葉にそうよね、と納得して、ルーシィはバッグから財布を取り出すと、じゃらり、と小銭を手に広げた。新年早々、変な出費に頭が痛い、が。

「はい」
「ん?」
「ハッピーにも」
「あい?」

二人に小銭を握らせて、ルーシィは言った。

「これはお賽銭だからね。あんたらに今年、お願いを一つするわ」
「なんだよ、家に入るなってんなら聞かねぇぞ」
「あ、聞かないんだ」

先回りされてがくり、と肩が落ちる。この場限りであっても一応うん、と言ってくれると思っていたのに。

「ナツの願いを素気無く断っておいて、オイラ達の幸せを奪おうとするとは、ルーシィ鬼だね」
「悪鬼だな」
「随分な言われようね…てか、幸せ?」
「幸せだよね、ナツ」
「おう、ルーシィん家、大好きだもんな、オレら」

にか、と満面の笑みで言われてしまえば、ルーシィにはもう入るな、などと言えなくて。それでも不法侵入を許容するには到底及ばず、彼女は唸った。

「せめて勝手に、じゃなくて、ちゃんと約束してくれれば」
「オイラ達、毎日入るよ。約束する」
「だれがそんな誓いを立てろと言ったのよ!?」

ナツ達はルーシィの喚きも気に留めず「その約束なら絶対守れるな」「あい!」と笑い合っている。その、人の話を聞かないモードにルーシィは息を吐いた。

「ああもう…また今年も侵入するっての?」

思わず額に手を当てると、ハッピーとナツはきょとん、と首を傾げた。

「今年だけじゃないよ?」
「ああ、一生だよな!」
「……へ?」
「あ、ナツ、あれ見て!甘酒だってー」
「なんかすげぇ匂いすんな。ほら、行こうぜ、ルーシィ」
「っ…」

ナツは無造作にルーシィの手を取って、反対側の手に乗った小銭を数えた。「なんか小遣いもらったみたいだ」と笑うと、彼女を引き摺って甘酒の大鍋に近付いていく。

「ルーシィも食べたいもの言えよ。なんか買ってやるから」
「あたしのお金でしょ!?」
「ルーシィお腹空いてるから怒りっぽいんじゃないのー?」

食べ物を前にして目を輝かせる二人が、あまりにも楽しそうで。苦笑したルーシィも、いつしか釣られて心の底からの笑みを浮かべる。
いつだって自分勝手でわがままで、それでも彼らと居れば笑顔でいられることくらい、ルーシィにだってわかっている。
彼女はナツ達の手に握られた小銭をちらりと見て、小さく、小さく呟いた。
甘酒の横にあった鳥串に目を奪われていたナツが彼女を振り返る。

「ん?なんか言ったか?」
「んーん、なんでもない」
「ルーシィ独り言?おばあちゃんみたいだね」
「鍋にぶち込むわよ!?」

確信している。祈らなくても叶うだろうということは。

――今年も幸せでありますように。

抜けるような青空に、甘酒の湯気が立っていた。






正月はスルーとか言っておいて一応書いてみました。そして、後で知りましたが、普通境内で甘酒売ってないらしいですね…当たり前のように全国どこでも売っているのだと思っていました、たにし@道民。
2010年、初めての二次創作、初めてのサイト経営と、右も左もわからないこのたにしに皆様優しくして下さってありがとうございます。
まだまだ未熟者ではございますが、少しずつでも成長していけたら、と思っておりますので…2011年もよろしければお付き合いくださいませ。



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