ハッピーがナツを抱えて公園に戻ると、すでに決着はついていた。
「あれ…?」
「おう、遅かったな」
ハッピーは目をぱちくり、と瞬かせた。グレイが膝をついて、ルーシィを抱えている。
視線を巡らせると、噴水の側に凍りついた兎兎丸が転がっていた。
驚きに落としたナツが、地面に激突してぐしゃりと潰れた。
「もう終わったの?」
「おう。ここで張り切らなきゃ男が廃るってもんだろ」
にやり、と口角を上げてみせるグレイに、何故だかどっと疲れて。ハッピーは安堵とは言い切れない溜め息を吐いた。
「ルーシィ、眠ってるの?」
「ああ。おい、ルーシィ!起きろ!」
ぺちぺちと頬を叩くと、ゆるゆるとその瞼が押しあがった。
「…グ、レイ?」
「大丈夫か?」
「グレイ!」
がば、とルーシィがグレイの首に絡みついた。ハッピーは思わずナツを振り返る。顔色の白い魔法使いは地面に顔を押し付けたまま、意識は戻っていなかった。
「グレイ、あたし…!」
「おー、とりあえず話は後でな」
グレイはよしよし、と金髪を撫で付けると、ハッピーとナツに視線を移した。
それを追って顔を向けたルーシィが、弾かれたようにナツに駆け寄っていく。
「ナツ!」
「助けられたんだよ、そいつに。妖精の尻尾の魔法使いなんだって?」
ルーシィは躊躇なくぱんぱん、と往復ビンタをかました。が、一向に目覚める気配のないナツに業を煮やして乱暴に揺さぶる。
「起きなさいよ!」
「ちょ、ちょっと待て。オレも多少恨みはあるが、いくらなんでもそりゃねぇだろ」
頬を引き攣らせてグレイがルーシィの腕を掴んだ。ハッピーは長く息を吐き出して、考えていたことを提案する。
「このままじゃ回復も遅いし、魔法使いの鍵、外そうと思うんだけど」
「え?」
「あー、そうだな。幽鬼の支配者のゲートを妖精の尻尾に変換したから、もうここの幽兵退治は必要ないしな」
グレイは兎兎丸の氷を噴水に蹴り落とした。瞬間、光柱が空に走る。
「魔力も限界だ。魔法界に帰るぞ。そいつには、回復してからちゃんと礼をしに来れば良いだろ」
頷いて、ハッピーはナツのマフラーに手を添えた。一度握って開くと、ピンク色のボールが現れる。
これで、ナツは魔法使いでなくなった。
短い間だったが、ナツとの生活は楽しかった。
正直で明け透けで、気持ちが強くて優しいナツ。一度命を落としたようなものだった。こんなにぼろぼろになるまで、頑張ってくれて。
ハッピーは口を引き結んで、こみ上げてくる感慨に耐えた。
ルーシィは膝の上に乗せたナツを見下ろして何か言いたそうに口を開いたが、すぐに閉じて淡く微笑んだ。
「先に行ってて。あたし、ナツを送ってからすぐに帰るわ」
「おう、わかった。…逃げんなよ、ルーシィ。オレ、マスターのお仕置き、一人で食らうの嫌だからな」
「あはは…って、そうよね…お仕置き…」
「オイラ関係ないよね?」
思わず早口で割り込むと、2人からの冷たい視線が突き刺さった。
ナツを引き摺るようにしてベッドに転がし、ルーシィは机に向かった。
適当にメモ用紙になりそうな紙を見つけ出し、ペン立てからボールペンを一本取り出す。それをくるりと指で回してから、んんん、と唸った。
ナツの顔色は幾分良くなってきたようだがまだ白の域を出ていない。
「炎の魔導士だったなんて、聞いてないわよ」
横目で見ながら一人ごちる。そうと知っていたなら…、グレイの魔力を相殺しようとしていることに気付いて止めていたかもしれない。
これは間違いなく、死の一歩手前だ。兎兎丸に睡眠魔法をかけられている間、ナツが倒れている夢を見たことを思い出して、ルーシィは身震いした。
切なかった。
ナツのことは何も知らない。幼馴染のリサーナは魔法関係以外なんでも知っているようだった。好きな食べ物、音楽、場所、それに過去。ルーシィは何も知らない。
知らないのに。
「なんで、好きなんだろ…」
自然と口から零れたそれは気を失ったように眠るナツには届かない。ルーシィは机に向き直った。
無神経でデリカシーが無くて、男女の差なんてないように簡単に距離を詰める。でもいつしかその距離が嬉しくなっていた。ナツと一緒に居ることに幸せを感じていた。
ナツがリサーナと付き合い始めてから、自分の気持ちに気付く、だなんて。
ルーシィは真っ白の紙を見つめる。これくらいは、許されるだろうか。
きっと、ナツは気付かないだろう。
ルーシィは紙にボールペンを滑らせた。
ナツへ
ありがとう。グレイを助けてくれて、本当に嬉しい。無事に、魔法界に帰ることができるよ。
ナツ、かなり無茶したんでしょう?魔法使いの鍵も外さなきゃならないくらい、弱ってるんだからね?
たすけてくれたのは感謝してるけど、あんたが死んだら悲しむ人がいっぱい居るんだからね!
がんばるのも良いけど、
すこしは自分のことを大事にしなさい!
きっとあんたのことだから、すぐに回復するだろうけど、少し心配なので明日…もう今日だけど、様子を見に来るね。
追伸。あたし達が帰ると、魔力を持たないリサーナやクラスメイトの記憶から、あたしが居なくなるの。でもナツの記憶はそのままだから、混乱しないようにね。てか、混乱させないように!
ルーシィ