「えと…」
状況が整理しきれないままその瞳を見返していると、ギャラリーが散る気配がした。「ナツなら大丈夫だろう」「これでとりあえず被害は抑えられたな」
頭の疑問符がぴこぴこと躍る。
「両方外れだったんだ」
ハッピーの声がした。視界は強制的にルーシィに釘付けのため姿は捉えられないが、竜の耳は拾ってくれた。
「何の液体かは今エルザとミラが調べてくれてる。ただ、ルーシィが全部飲んじゃったから現物が残ってなくて、時間がかかるみたい。それまで女王様の相手してて、だって」
女王様。なるほど、それで『許可』か。しかしこれの相手をしろ、とは?
「オイラ、グレイの様子見てくる」
ハッピーの言葉に意識を集中させている間に、ルーシィの指は顎を滑って、耳の辺りからマフラーに伝った。
「る、ルーシィ?」
「様、は?」
「…ルーシィさま」
「よろしい。なぁに?」
声はいつまでも甘いままだ。瞳さえも甘く見えてきて、奥歯で一度強めに舌を噛む。
「と、とりあえず、そこから退いてくれ」
「くれ?」
「…ください」
「うん、イ・ヤ」
くり、と小首を傾げて、きっぱりと拒否する。思わず半眼になると、「反抗的ね?」と手を踏まれた。痛い。
「だって逃げちゃうでしょ?」
見ると、ルーシィの片足は鞭を踏んでいた。片側にはオレの足を巻きつけたままで。
「逃げようとは思ってねぇよ」
「ねぇよ?」
「ないです」
くすくすと笑いながら、ルーシィは腕をオレの首に回した。そのままきゅ、と抱きついて、体重をかけてくる。
頭が真っ白になった。見慣れたはずの金髪が今初めて見るもののように至近距離で揺れる。
傾きかけた身体を右腕で支えて、左腕をルーシィの腰に回した。
「お触りなんて悪い子ね」
「お前が落ちないようにだよ」
ルーシィは今度は口調を咎めなかった。マフラーに擦り寄って、んー、と微かに声を漏らす。それが安心しているように聞こえて、左腕に少しだけ力を込めてみた。
「お前、マックスとウォーレンにもこんなことしたのか?」
あの2人は『被害』者なんだろう。逃げ方が哀れだった。胸がきり、と痛い。こんなこと、オレ以外の誰にもして欲しくない。
「ううん。ナツにだけ」
返答は短かったが、甘さが増したように感じた。
右腕に力を入れて、上半身をほぼ垂直になるまで起こす。完全にバランスが取れたところで、右腕もルーシィの身体に回した。
「そうかよ」
温かくて気分が良くて目を閉じると、誰かが「お、やっとか」と言っているのが聞こえた。