赤とんぼ






「ルーシィ」
「何?」

呼びかけに振り向けば、鼻先に何かが触れた。焦点が合わないほど近い距離に、透明な、何か。

「きゃああああ!?」

ルーシィはそれが何であるか認識して、悲鳴を上げた。それはルーシィの鼻から飛び立って、ギルドの開け放たれた扉から空へと解放される。

「かかか、変な顔ー!」

ルーシィの鼻に赤とんぼをくっ付けた犯人は、腹を抱えてルーシィを指差した。
毎度毎度、この後ルーシィの鉄拳制裁が来ることくらい予想できるだろうに。周りの魔導士たちはひっそりと息を吐く。

「あ、あんたねぇ…」

腰を抜かしたように床に座り込んで、ルーシィがナツを上目遣いで睨んだ。驚いたため、眦には涙が滲んでいる。
普通の男なら喉を鳴らしそうな姿だったが、ナツにはルーシィがルーシィとしてしか映っていない。無邪気に笑って、歯を見せた。

「そろそろ温厚なあたしでも怒るわよ?」

立ち上がって椅子に座りなおし、ルーシィは頬を膨らませた。きっ、と睨むも、ナツはどこ吹く風でルーシィを面白そうに眺める。

「ルーシィが怒ったってなぁ」
「何よ?そんなこと言うナツなんてねぇ」

頬を膨らませたまま、ルーシィは思案する。
怒ったからと言って、殴ったり蹴ったりしても丈夫なナツはちっとも堪えない。だからこそルーシィも心置きなく暴力を振るえるわけだが。
いや、暴力じゃないわ。これは…そうよ、訓練。訓練なのよ。
無理に正当化しようとする思考を手放して、ルーシィは思いつくまま提案してみる。

「絶交してやるからね」
「絶交?」

ナツがきょとん、とルーシィを見た。これは流石のナツでも堪えるか、と思いきや。

「無理だな、ルーシィがオレと絶交なんて。すぐ謝ってくるに違いねぇっての」
「何よ、それ?絶交くらいできますよーだ!」

完全に子供の喧嘩に発展したじゃれあいに、すぐ近くのテーブルに座っていたグレイが頭を抱えた。もう言っている言葉の意味がわからない。すると、きゅるん、とルーシィの隣で魔力の渦が出現した。

「ルーシィ、いい考えがあるよ」
「ロキ?何?」

勝手に門をくぐる獅子王に慣れたのか、もうツッコむことすらせずに、ルーシィが促す。

「ナツを無視するんだよ。絶交には付き物だからね」

何がしたいのか、面白がっているだけなのか。ロキはそういうと、ルーシィに笑ってみせた。
手をすっと取ってカウンター席にエスコートすると、ミラジェーンにミルクティーを二人分注文する。
口論の相手を横から取られたナツは、眉間にシワを寄せて食ってかかった。

「なんだよ、話の途中だぞ!」
「ルーシィ、無視だよ」

ロキはわざとルーシィの耳元で囁く。ナツの耳には聞こえただろうが、内容よりもこの行動が重要だった。ロキの思惑通り、ルーシィは軽く頬を染めてロキに頷いてみせる。
この急に大人しくなる瞬間が、ロキは好きだった。

「おい、ルーシィ!」

ナツが呼びかけるが、ルーシィは運ばれてきたカップに口を付けただけだった。

「〜〜〜〜!」

ナツが膨れて、そっぽを向く。

「ああ、そうかよ!ルーシィなんて知らねぇからな!絶交だ!!」

ドタドタと常より響く足音が、ギルドの扉から出て行った。






ロキに「無視だよ、虫だけにね」と言わせるか否かで小1時間ほど悩みました。


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