良かった。

ナツは目を閉じて息を吐く。なんだか目が乾いている気がした。
夢の中で、ルーシィに子供が出来たと言われたとき、ナツは驚いたが凄く嬉しかった。喜びに叫んで、ガッツポーズ――する前に、夢から覚めたのだが。
結局はぬか喜びだった。あの夢が悲しかったのは、そういう理由だ。
そして今、ルーシィが妊娠したかもしれないという状況で、ナツは動けなくなった。
現実では、ルーシィとなんら関係を持たない自分自身を嫌と言うほど認識してしまっている。妊娠するなら相手は自分ではない。他の誰かとルーシィが、と考えただけで、ナツの思考はショートした。
いつの間にか、ルーシィの隣には自分を思い描いていたのだ。
知らず握った手にはびっしょりと汗をかいていた。ナツは強張ったそれをゆるゆると開いて、見つめる。

なんだよ、オレ…子供が欲しいわけじゃねぇんだ。ルーシィが、欲しいんだ。

すとん、と答えが落ちてくる。
気付いてしまえばなんてことはなかった。むしろ、ああ、やっぱり、と言う感じさえする。
それでも胸の辺りが暖かくなるような思いに、ナツは頬を赤らめて手をもう一度握りこんだ。
焦点をお腹の大きいルーシィに合わせる。詰め物だろうに、両手を添えて抱えるように立っているその姿は、本物の母親のようだった。

「はは、そうしてると本当に妊婦みたいだな」

グレイが笑ってルーシィをからかった。
もう、と言いながら軽く拳を振り上げる、ルーシィ。

「おっと、激しい運動は控えようぜ」
「だから妊娠してないってば」

グレイはその腕をそっと掴んで下ろさせる。ルーシィは慣れない女の子扱いに少し赤くなりながら、グレイを下から睨んだ。

「ルーシィ、俺の子供産んでくれー!」
「俺と結婚しようぜー!」

ギャラリーから浴びせられる野次に、ルーシィは苦笑いして手を振る。
ナツはむっとして眉を寄せた。
ルーシィは他の誰にも渡したくない。
一度手放さなくてはならない恐怖に曝された為、独占欲がその身を支配した。

「ルーシィは、」

声が勝手に出ていた。動き出した口はもう止められない。

「オレの子供、出来たんだろ」

しーん、とその場が静まり返った。ガジルがぎぎぎ、と首をナツの方に向ける。ごくり、誰かが喉を鳴らした。

「な、に言ってんの…?」

ルーシィが固まったまま、ナツを見つめる。

「お前が言ったんじゃねぇか。……夢で」
「バカじゃないの!?」

固唾を呑んで見守っていた仲間達が、膝からくずおれた。
ルーシィはツカツカとナツの前まで歩いてくると、ぴ、と人差し指を鼻に突きつけて、

「大体、そんな関係じゃないでしょ!誤解を招くようなこと言わないで!」

皆に聞こえるように大きな声で叫ばれて、ナツは右眉を上げた。口を大きく開いて、

かぷり。

華奢な人差し指に噛み付いてやった。

「っきゃああああぁっ!?」

慌ててルーシィが指を引っ込める。反応に気を良くしてにやり、と笑ってやった。軽く涙目になった瞳が、ナツに向けられる。

「な、なななな…」

わなわなと震えるその唇も、そこから紡がれようとしている言葉も、今はナツの為だけにある。
ナツは笑った。ルーシィの瞳に、幸せそうな自分が映る。

ルーシィが怯んだように息を飲んだ。






ナツ自覚話・あっさり編。

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