ぬくもり






『また演って欲しいんです、君達に。今度は脚本家が付いているから』

熱心に勧誘されれば、悪い気はしない。最強チームは、再びオニバスのシェラザード劇団にやってきた。
今回の演目は『星の王女と炎のドラゴン』美しい星の王女に恋をした炎のドラゴンが、人間の形をとって王女にプロポーズするも断られ、人間全てを恨むようになって破壊の限りを尽くす話。最後は本当の愛に気付いた星の王女と刺し違いになるという悲劇。…のはずだが。

「どうしてこうなるの?」

舞台袖で、ルーシィは頭を抱えた。炎のドラゴン役のナツが、さっきから全く動かなくなったのだ。暴れすぎることは想像できていたのだが、これは全くの想定外で。

「おい、ナツ!もうそのシーンは終わりだぞ!お前の好きな暴れる場面だろうが!」
「……」

舞台上で、人間のドラゴン討伐隊長に扮したグレイが、氷の剣で蹲るナツを突いた。そのままころん、と転がったナツは、今にも泣きそうな顔をしたかと思うと、観客に背を向けて体育座りをする。
どよどよと、負のオーラが漂うその背中に、グレイばかりか観客さえも顔を引き攣らせた。

「仕方ないな。私の出番か」

王女の婚約者役のエルザが、マントを翻して颯爽と舞台に上がった。アドリブに強い照明係が、いきなり出現した役者にも怯むことなくスポットライトを当てる。

「あ…あ…ほ、炎のどらごんよ…!わ、わたしの婚約者に、て、手を出したなぁ!」

前作同様のガチガチ具合で、エルザがポーズを決めた。
ルーシィは舞台袖で溜め息を吐きながら、膝に顔を埋めたナツを見やる。

「練習ではきちんと演れてたのに…」

今回は時間が無くて、確かに満足には練習出来ていない。しかし、炎のドラゴンという役柄を気に入ったナツは、それこそエルザに匹敵するノリノリ具合で熱が入っていたはずだ。
初公演で緊張しているのとは全然違う。さっきのシーンでは、きちんとすぎるほど演じていた。…そう、王女に愛を告白する、さっきのシーンでは。




ナツって演技派だっけ?
ルーシィは芝居ではなく心の底から赤面して、目の前のナツを凝視する。
王女を想って独白するオープニングシーンでは、情緒の欠片もないほど元気良く腕を振り上げていたくせに、なんだろう、このギャップは。

「好きだ」

ルーシィが固まったことに気付いてか、ナツがもう一度繰り返す。やはり、先ほどと同じ、酷く熱っぽい瞳のままで。
バランスを取るように下げた左足が、木製の舞台を軽く軋ませた。ルーシィはその音にはっとして、星の王女たる自分を取り戻す。

「私には、心に決めた婚約者が居るのです。あなたの気持ちには、応えられません」

ルーシィは胸の前に手を組んで、花束を差し出すナツを辛そうに見た。ここでは積極的に愛を告白してくるドラゴンに心が揺れつつも、自分の立場を捨てられずに断る王女を演じなくてはならない。演出家は座長のラビアンのため、あまりうるさく言ってくることは無かったが、作家を目指すルーシィは誰よりも脚本を読み込んでいたし、自分の納得するように演じたかった。
ナツは傷付いたような表情で花束を投げ捨てると、ルーシィに近付いてその両肩をがし、と掴んだ。

「い、痛っ」

もう少し加減してよ、と非難めいた視線を向ける。と、ナツの真剣な瞳とぶつかった。

「本気で言ってんのかよ?」
「え…」

違う。こんなセリフじゃない。確かドラゴンは『それは王女としての言葉だ。俺は女としての君に言っている』と言うはず。
突然のアドリブに、ルーシィは驚いて瞳を見返した。まさかセリフを忘れたのか。考えてみれば、このシーンはセリフ合わせ程度しか練習していない。
とにもかくにも繋げなければ。

「ほ、本気です!気持ちは嬉しいけれど、あなたとは一緒になれません」

ルーシィはナツの胸を押し返しながら、眉を顰めた。力が強くて全然離れてくれない。

「ふざけんな!」

ナツが激昂したかのように叫ぶ。練習では破壊シーン以外にこんなに力が入ってなかったはずだ。なにがナツのスイッチを入れたというのか。

「ちょ、ちょっと?落ち着きなさいよ」
「お前はオレのだ!」
「……」

あまりのストレートさに、頭が真っ白になる。そうか、ナツが告白するとすればこういう感じになるのか。…ナツが。
目の前に居るのがナツだと再認識して、ルーシィの頬にまた熱が集まった。かぁあ、と音が出そうなくらいの急激な温度上昇に、くらり、と目眩がした。
いや、待て。落ち着くべきはあたしの方だ。これはセリフ。ナツなりにアレンジされているものの、話の流れは確かにこれで合っている。
ルーシィは目を閉じて軽く深呼吸してから、ナツの真剣な瞳に向き合った。
王女。愛のない婚約者。好きだと言ってくれるドラゴン。
好きだと言ってくれる……ナツ。

「私には、婚約者が、居るのです」

ナツの演技に引きずられてか、ルーシィの瞳に涙が浮かぶ。それに気付いて、ルーシィは慌てて視線を逸らした。ばっ、とナツの手を払って、舞台袖に向かう。
ここでルーシィは退場、あとはナツがやり場の無い王女への愛を抱えて、人間の街を襲いに行くシーンに繋がる。
はずだった。

「え?」

立ち去ろうとしたルーシィの右手を、ナツが掴んで引き止めた。体温の高い手は微かに震えている。
こんなの、ないでしょ。
ルーシィは恐る恐る振り返って、そこにある二つの瞳に息を飲んだ。

「オレじゃ……駄目、なのか…?」

駄目じゃない。…って違う!
ルーシィは頭に浮かんだ言葉を慌てて打ち消す。

なによ、これ。これじゃまるで。

真剣な瞳には、ルーシィの知っている、ガキの面影は全く無かった。きゅう、と胸を締め付けるようなその表情は、紛れも無く『愛を告白する男』の顔で。
ルーシィはナツにも自分にも唖然としたまま、言葉もなく見返した。ナツの手が、きゅ、とルーシィの右手を包み込む。
視線で焦がされそうだ。ルーシィの瞳も、心も。何もかも。

「おい、どうした?動かねぇぞ」

突っ立ったままの役者二人に、観客がざわめき始めた。それでもナツは表情を緩めることなく、ルーシィを見つめ続ける。
自分が退場しなくては話が進まない。ナツは役に入り込んでいるだけだ。そう、前回のエルザのように。
ルーシィが振り払おうと右手に力を込めた瞬間、

「ルーシィ」

はっきりと、ナツの口から紡ぎだされた。王女じゃない、自分の名前。
たっ、と足が勝手に舞台を蹴った。衝動に突き動かされるまま、ナツの胸に飛び込む。
頬を胸板に押し付けて、手を背中に回すと、ナツの体は温かくて。

「うぉ!?」

ナツの驚いた悲鳴に、我に返った。
名前を呼ばれた瞬間、完全に、芝居を忘れた。ルーシィはルーシィとして、ナツの胸に飛び込んでいた。

そんなバカな。

ルーシィは青褪めつつのろのろと顔を上げて、ナツから体を離す。泣きそうになって唇を噛んだ。ナツの顔を見ていられない。

「…ごめんなさい」

ナツに、ドラゴンに。そう言い残してルーシィは逃げた。
ナツは伸ばした手をそのままに、ルーシィの背中を見つめて立ち尽くした。






長くなっちゃいました。ごめんなさい!


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