ルーシィが家に帰ると久しぶりの不法侵入者がソファに沈んでいた。
「おかえり」
今まで考えていた相手が急に現れたせいで、なんだか幻を見たようにさえ思えてくる。
反射的に慣れた動作――体の動くまま、桜色の脳天にかかとを落とす。
「もう来ないって言ったわよね!?」
言ってしまってから、はっとする。しまった、蒸し返すつもりはなかったのに。
「こないだは、悪かった」
「あ…」
ナツが頭を押さえたまま、しょぼくれた顔を更に歪めた。痛々しさに拍車がかかって思わず顔をしかめるが、その素直さに助けられて、ルーシィも謝罪の言葉を口にする。
「あたしも、ごめん」
あれはつまらない嫉妬だ。ナツがリサーナと仕事に行くのが嫌で。でもこんな理由、言えるわけがない。
口ごもったルーシィに気付かないように、ナツは言った。
「だから、撤回する」
「…撤回って」
何を?もう来ないって言ったこと?それとも、ルーシィよりもリサーナが合ってるって言ったこと?
…流れからして前者に決まっている。ルーシィはナツから答えを聞きたくなくて、期待した自分を認めたくなくて、キッチンに足を向けた。
「ルーシィ?」
「紅茶でいいわよね」
「…ああ」
「ハッピーは?」
「シャルルんとこ」
「そ」
後ろ姿を見送って、ナツはソファに再び沈んだ。
リサーナとルーシィが出て行ってから、リサーナの様子を聞いておいで、とミラがルーシィの家に送り出してくれた。やはりミラも、妹が気になるのだろう。
ここに来るのも久しぶりだった。ソファにはグレイの匂いが染み付いているし、部屋はなんとなくコーヒー臭い。
ナツは眉を寄せてソファから立ち上がった。ベッドに近寄ると、ぼふん、とその上にうつ伏せに寝転がる。
注意深く息を吸い込んで、ベッドからルーシィの匂いしかしないことを確認すると、安堵の溜息を漏らした。
「それは背中にかかと落とししてくれ、と?」
紅茶のカップを両手に持って、ルーシィが半眼で見下ろしてくる。ナツは慌ててベッドの上に胡坐をかいて、自分専用となった青いカップを受け取った。
良かった、捨てられていなかった。
これは、客用のカップをいつか割りそうという理由でルーシィが使わせてくれず、代わりに普段使いとして彼女が使っていたカップをナツ用に下ろしてくれたものだった。
ルーシィはその後デザインが気に入っている、と色違いのカップをもう一つ購入してきた。そのピンク色のカップは、今ルーシィの手の中にある。
そんな些細なことが、どうしようもなく、嬉しかった。
部屋とは違う匂いが、手の中から立ち上る。
「お前さ、もうグレイを部屋に入れるの止めろよ」
「え?」
「グレイ臭ぇし、コーヒー臭ぇ」
「ちょっと!部屋が臭いみたいな言い方止めて!」
ルーシィがナツに向かい合うように、椅子に座る。ナツはそれを伺うように見て、本題に入った。
「リサーナ、と、なんの話してたんだ?」
「…っ」
ルーシィは言葉に迷う。こいつは落ち込みたいのだろうか。リサーナの話は避けるもんじゃないの?それとも相談したい?
何にしても、ここで逡巡してしまったら答えているようなものだった。言ってもリサーナに迷惑にならないことを頭の中で確認して、口を開く。
「聞いたよ」
「なん、て…?」
「真剣に向き合った結果だから、受け止めるって」
安堵したような、寂しいような気持ちになり、ナツはカップのぬくもりを確かめるように手で包み、目を閉じた。
「すごいね、リサーナは」
「…ああ」
きっとたくさん泣いただろうに、それでも強く前を向いて。相手まで思いやって。
「オレ…リサーナのこと、好きだった、と思う」
ずき、と痛む胸をごまかすように、ルーシィは紅茶をひとくち啜った。