「逃げない方が良いわよ」

忠告はそのとおりかもしれなかった。大人しくじっとしてさえいれば、錐はルーシィに触れることなく周りを通過するだけだろう。ほんの浅いものとはいえ傷を負っているのは、ルーシィが捕まらないように避けているせいだった。

「んうっ」

連続で急激な方向転換をおこなったせいで息が上がる。大声を出せるほどの深い呼吸ができないことに、ルーシィは焦った。

それでも。

「ナ、ツ……けほっ」

隣の部屋に居るはずのエルザよりもグレイよりも、確信を持って彼を呼ぶ。

気付く。絶対に。

ナツの声が聞こえた。

「あっ!?ルーシィどこ行った!?」
「そこから!?」

思わず叫ぶ。
全く息を吸う暇がなかったのに自然に出たツッコミに、我が事ながら感心した。毎日のツッコミという積み重ねが――あまり嬉しくないことばかりだったが――脳裏を過ぎる。
その隙を、少女は見逃してくれなかった。

「あっ!」

カシャン、と鍵が床を滑る。弾かれた手が痺れて、ルーシィは片目を閉じた。左目だけで辛うじて鍵の行方を追う。
すぐにでも飛び付きたいが、首にはすでに錐がぴたりと当てられている。ご丁寧に二本、挟むように壁に突き刺さっていて、身動きが取れない。
ゆっくりと喉を鳴らしたルーシィに、少女は口元だけで笑った。

「動かないでね?壊れちゃったら使えない」

人を物のように、と怒りが湧くが、実際人形の価値観ではそうなのだろう。
ルーシィは睨み返すだけに止めて星の大河に指を伸ばした。柄を握るといつも星霊達の思いを感じて心強い。だが、下手に腕を動かせば肩も首も動いてしまう――。
手首のスナップだけでどこまで届くか。気付かれないように一瞬だけ足元を確認したとき、部屋が大きく軋んだ。

「こーこーかー」
「へ」

屋根がべきべきと剥がれていく。
そこまではまだルーシィにも余裕があった。何が起きたかなど考える必要もなかったし、破壊しても気にしない懲りない性格も、ホラー映画かと突っ込みたくなるようなわざとらしい低い声も、助けに来てくれたという安堵の方が勝った。気にならなかったのだ。

隙間から覗いたナツの目が、血のように赤くなければ。

「るぅうううしぃいいい……」
「きゃあああああ!」
「いやあああああ!」

少女の悲鳴と重なって、脳の片隅が笑う。だが当たり前のこと、大部分はまだ恐怖に支配されている。ルーシィは力の抜けかける膝を叱咤した。

「なっ、なふっ、ナツ!それ、どうしっ」
「うあっ!」

ナツが機敏な動きで遠ざかる。彼の顔があった所を、氷の矢のような物が通り過ぎていった。
グレイ達は存分にやり過ぎているらしい。ルーシィはバクバクとうるさい心臓を撫でた。少女は破れた天井を見上げていて隙はある。






進撃のナツ。旬ですね。


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