「罰ゲームっつったら、やっぱ何でも言うこと聞く、だよな!」
「ぷぷ、ナツ、エロいね」
「な、ななな、何言ってんの!?」
ハッピーに『何のことだ?』くらい言ってくれるかと思ったナツは、全く話を聞いていなかったらしい。一人、企み顔で顎を撫でる。
「ふっふっふ。どうしてやろうかなー」
「あんなコトやこんなコトさせちゃうんだね」
「朝から晩まで言うこと聞いてもらうぞー!」
「その噛み合ってるっぽく聞こえる会話やめて!」
そもそも罰ゲームを承諾した覚えすらない。ルーシィは流れを変えるために大きく咳払いした。一応、釘も刺す。
「そんなことしないからね!とにかく依頼に集中しなさい!」
「でもよ」
ナツは器用に身体を折り曲げて、股下からキョロキョロと首を動かした。
「黙ってても騒いでても、何にも出て来ねえじゃねーか」
「うーん。あ、眼鏡かけてみるとか?」
依頼人を思い出して、ルーシィは提案してみた。本棚の三段目に、銀縁の眼鏡が二つ重なっている。
ナツがその一つをかけて仁王立ちした。
「よーし!これで……って、何ヘンな顔してんだ、ルーシィ」
「ヘンって」
曖昧に言い返して、ルーシィは目を泳がせた。一瞬だけ躊躇して、結局素直に口に出す。
「案外悪くないんじゃない?」
見慣れないせいで――と、ルーシィは思う――ドキッとしてしまった。眼鏡をかけただけなのに、いつもの雰囲気と全く異なる彼がそこに居た。細長いレンズは瞳に宿る幼さをカバーして、落ち着きを醸し出している。もちろん、見せ掛けだけなのはわかっているのだが。
ハッピーが目を丸くして飛び跳ねた。
「ナツが頭良く見える!」
「まるでオレが頭悪いみたいな言い草じゃねえか」
「……」
無言の肯定には気付かない様子で、ナツはもう一つの眼鏡を手に取った。かちゃりと、かけていた眼鏡の上から更にかける。
「どうだ」
「……なんで二つ?」
「効果倍増を狙った」
「……」
「うえ、気持ち悪ぃ。酔いそうだ」
頭の悪さを二つの眼鏡できっちりと表現して、ナツがその場に胡坐をかいた。ぶつぶつと呟く。
「飛んでるモノだろ……飛んで……あ、飛んでる」
「オイラだよ!」
尻尾を掴まれたハッピーが悲鳴を上げた。その声に被せるようなタイミングで、扉が開く。
「あ、あの……?」
おずおずと顔を出したのは依頼人だった。肩幅はあるのに薄っぺらい身体を、少しだけ部屋の中に滑らせている。
「付いて来たみたいなんですけど」
「え?そっちの部屋に、ですか?」
慌てて、扉を潜る。しかしそこにも、何も居なかった。
「んん?」
「えっと……まだ居ます?」
「え?そこに居るじゃないですか。あ、こっちにも」
差されたところを見ても何もない。ルーシィはナツの眉間の皺――眼鏡に隠れて見えにくかったが――を確認してから、それを告げようと依頼人を見上げた。
そこで、気付く。
「……あの、もしかして、なんですが」
「はい?」
「眼鏡、汚れていませんか」
「……」
依頼人はゆっくりとした動作で眼鏡を外した。明かりに翳す。
「あ」
「それが原因か!」
ナツが素早く眼鏡を引っ手繰った。
「え、ちょっ」
制止虚しく、ぐしゃりと潰される。その上、ナツは炎を出して焼却した。
「よぉし、これで大丈夫だ!」
「拭けば良いと思うのよ!?」
「げ、ホントだ、破片刺さって血ぃ出てきた。拭いてくれ」
「そういうことじゃない!」
ばこん、と頭を叩くと、拍子にナツがかけていた眼鏡が勢い良く床に落ちる。
眼鏡三本の値段は、報酬の金額を超えた。