「あ、ルー……」
「ルーシィ!」
見えていなかったはずのナツが、くるん、と後ろを向く。桜色の後頭部に搭載されたルーシィセンサーに呆れる間もなく、彼はどたどたと走り出した。
「ルーシィ、これ!」
「おい!ちょっと待て!」
彼女が火傷するのを黙って見ているわけにはいかない。追い付いたのはルーシィの目の前だったが、ナツの腕を掴まえるのには成功する。
「わっ、どうしたの、二人とも」
「何だよ、グレイ!邪魔すんな!」
「まだ熱いだろうが!」
「そんなこたねえよ、もう十分冷ましたからな!」
「んなわけ……っ、ん?」
肌が焼けるほどだった熱気を、あまり感じなくなってきている。恐る恐るガラスを指の腹で弾くと、その温度は驚くほど下がっていた。
「大丈夫だろ?」
「まあ、これならな」
「何?」
ルーシィの金髪が揺れる。ナツはグレイの腕を振りほどいた。その勢いのまま、ガラスを差し出す。
「ほら!」
「これ……もしかして、ガラスの靴?」
初見でわかったのは凄い。物語からの連想は大きかろうが、言い当てたルーシィにグレイは感心した。何の心配もしていなかったらしいナツは、当然とばかりに頷く。
「うん、オレが作った……みたいなもん」
「みたい?」
説明を求める瞳はグレイに向けられた。軽く構えを取って、靴を作る。
「市販の奴を大きくしたんだよ。元のはこんくらい」
「げっ、並べんなよ」
「え……ナツが?」
ルーシィが目を瞠った。ナツと氷とガラスを何度も見比べて、やがてボンヤリと口を開く。
「凄い……」
ナツの顔が輝いた。
「だろ!ルーシィにやる!」
「えっ……え?良いの?」
ルーシィはナツからそれを受け取って、まるで慈しむような微笑みを浮かべた。
「あったかい」
「……」
ドキリとして、なんとなく視線を逸らす。ジュビアがハンカチを歯で引き裂いているのを目撃して、見なきゃ良かったと後悔した。彼女のハンカチには当たり前のように自分の顔が刺繍されている。
急激に冷めた目をナツに向けてみると、彼は豆鉄砲を食らった鳩のような顔で突っ立っていた。ただし、首から耳まで、赤い。
「おい、ナツ?」
「ほあっ!?な、何だ、グレイか。ビックリさせんな」
惚れ直してましたと言わんばかりの態度に痒くなって、グレイは背中を掻いた。ついでに脱ぐ。
ボタンに当たった光が、ガラスの靴に反射した。グレイにとっては全く不本意に、美しく輝く。
ルーシィが短い気付きの声を上げた。
「あ。ねえナツ、あんたこれ履けるんじゃない?」
「へ?」
ことりと床に置かれたそれに、大して躊躇うことなく、ナツがずぼりと爪先を差し入れる。
「うお、ぴったりだ」
「お前、自分の靴作ったのかよ」
あんなに懸命に、普段やらない細かい作業をして――。
込み上げた笑いに逆らわず、口角を上げる。しかしグレイは、そこでぴたりと止まる羽目になった。
「オレがルーシィの嫁になんのか」
「へ?」
ルーシィの目が点になる。やはりそのつもりだったのかと思いつつも意表を突かれて、グレイは微動だに出来なかった。何の覚悟も準備もしていなかったルーシィと同じく、立ちつくす。
ガラスの靴を履いたままふんぞり返るシンデレラは、 されてもいないプロポーズを 「仕方ねえなあ」と上から目線で承諾した。