しかし目の前で泣くルーシィを、ナツは一秒だって黙って見ていられなかった。濡れて貼り付いたポケットを、探る。

「ルーシィの落としたモンじゃねえと思うけど……これ」

彼の手には薄いピンク色をした石が乗っていた。ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、ルーシィが顔を上げる。

「何……?」
「やっぱ違うか。変わった石だしもしかしたらって思ったんだけどよ」

ころりと、石はナツの手からルーシィの手に移った。陸に上がってもう体温が戻ったのか、それはほんのりと温かい。角は取れていたが加工の痕跡はない、天然石だった。
ルーシィは手の上を数秒間見つめて、それからナツを見た。思いがけない石の登場に気を取られて、涙が止まっている。どこか気の抜けたような表情だった。
ナツはとりあえずほっとした。何も解決はしていないが、ルーシィの涙をこれ以上見たくない。

「落としたの、何だったんだ?」

ルーシィは長い睫毛で雫を払った。素直に答える。

「ケーキ」

ごまかそうとした過去の自分を笑って、ルーシィは肩を竦めた。

「簡単なカップケーキよ。焼いたの、二人にあげようと思って」
「オイラ達に?」

ハッピーが目を丸くする。

「そんな大したものじゃなかったでしょ?ごめん、ホントに」

強がりでも何でもなく、ルーシィは微笑んだ。本当に、彼女はもう気が晴れていた。手のひらに乗せられた石が、悲しみを全て吸い取ってくれたようだった。

(もらって良いのよね?)

ルーシィにとって今日はバレンタインデー以外のなにものでもない。どうせナツは日付など忘れているだろうが、それでも何かを貰った、ということがルーシィを喜ばせていた。それが、例え拾った物だとしても。
ルーシィは石を目の高さに持ち上げた。その辺では見ない、特別な色の石だ。研磨すれば、綺麗な輝きを見せるかもしれない。それも良い。このままでも良い。

一件落着と言わんばかりの雰囲気を纏うルーシィに対し、ナツは微動だにしなかった。数秒経ってから、すぅ、と息を吸う。

「もっかい探すぞ、ハッピー!」
「あいさー!」
「えっ!?」

言うが早いか、ナツとハッピーは運河に駆け出した。靡いたマフラーと尻尾を、ルーシィが空を掻くようにして掴まえる。

「ちょ、ちょっと待ってよ!どうせもう食べられないわよ!?」
「そんな問題じゃないよ!」
「そうだ!それにオレは絶対食べる!」
「お腹壊すから止めなさい!」
「やだ!今日じゃなかったら食わねえけど、今日は絶対食う!」
「なん、で……」
「バレンタインだろ!」

ガルガルと進もうとするナツ達に引き摺られながら、ルーシィは言葉を失った。ナツにもバレンタインデーの概念があるらしい。その上、自分のカップケーキに対し、そこまで執着してくれるとは思わなかった。

「ルーシィのぉおお!ケーキぃいいい!」

ナツは本気で探すつもりらしく、ルーシィをマフラーにくっ付けたまま運河に向かっている。その足が縁石にかかったのを感覚で察して、ルーシィははっとした。照れている場合ではない。

「だ!か!ら!止めなさい!」
「ぐ!ぐぅううう!」

ナツの身体が傾く。持てる力の全てで彼を阻止しながら、ルーシィは叫んだ。

「もう一度作るからぁああ!」
「ホントか?」

何の余韻もなく、びたりとナツが足を止める。ルーシィも手を離せば良かったのだが、咄嗟のことで対処できなかった。転ばないよう踏み止まったは良いが、その反動がまたマフラーを伝ってナツへと戻る。

結果、ルーシィはナツにぶつかった。彼女が思うよりもずっと勢い良く。ハッピーを捕まえたまま。

「ひゃっ!?」
「おわ!?」
「あい!?」

2月の運河に、4度目の噴水が上がる。

運河に繋がれた舟が、波を受けてぐらりと揺れる。その中には、ラッピングされたカップケーキが転がっていた。






皆一緒なら冬の運河もあったかい……わけない。
お付き合いありがとうございます!



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