見付けたときには、レビィは思った以上にギルドから離れていた。しかし今はゆっくりと歩いている。
追い付いた後ろ姿に拍子抜けしつつ、ガジルは声をかけた。

「おい!」
「あ……」
「いきなり走ってくんじゃねえよ」

さっさと戻って本を読めば良いのだ。自分の前で。
振り向いたレビィは口を開けたが、躊躇ったようにゆっくりと閉じた。しかしまた思い直したように話し出す。

「だって……ルーちゃんのこと……」
「はあ?バニー?」

ガジルは眉を顰めた。そういえばレビィが走り出す直前、そんな会話をしていたと思い出す。

「んだよ、さっきのか?バニーと火竜がうるせえからだろ」
「それだけ?」
「それだけって何だよ?」
「ナツとルーちゃん見て、機嫌悪くなったよね」

レビィは一度きゅ、と唇を噛んだ。そのまま黙るかと思えば、ぼそりと続ける。

「ルーちゃん可愛いし……スタイル良いし。興味あるのかなって」

ルックスが整っているのは認める。が、それこそ『それだけ』だ。火竜とセットになって日々コントしているような女に興味も何もない。

「興味じゃねえだろ、うぜえからだ。あんなうっせえ奴ら、見てない方がおかしいだろうが」
「そ……そっか。ごめん、私面倒くさいね」

ぽつりと零れたそれはレビィ自身持て余した感情のようだった。困っているような、戸惑っているような――それだけを感じて、ガジルは踵を返した。よくわからないが、納得したのなら良い。きっと何かイライラすることでもあっておかしくなったのだろう。よくあることだ。自分ならば喧嘩がストレス解消になるのに、と思う。
だがきっとレビィはそうではない。自分の好きなこと――読書が一番、ストレス解消の手段だろう。

「戻るぞ」
「え」
「本、途中だろうが」

ルーシィの本はナツに閉じさせられた。
レビィの本をガジルが閉じることはない。

そこに、ガジルは優越感を持っている。自分の方が、目の前の女を大事にしていると。無理なく。自然に。

「あと数分で読み終わるとこだっただろ」
「えっ、ああ、うん……。でも別に、しおり挟んであるし」
「ああ?お前のしおりなんて飾りだろ。ギルドで開いた本は必ず読み切ってんじゃねえか」
「よ、よく見てるね」
「そらぁ……」

言葉が続かなくて、ガジルは口を閉じた。何を言おうとしたのかわからない。
タイミング良く、前方から聞こえてきた喚き声に気付いた。何者かはすぐわかったため、ガジルは今度は見ないようにして通り過ぎた。レビィが「うわあ、イチャイチャしてる……」と感想を零す。

お前だって見てんじゃねえかよ。

釈然としないものはあったが、ガジルは代わりに「あんなの、いつものことじゃねえか」と返した。まじまじと見なくても、何をしているのかくらいわかる。ナツがルーシィと(ルーシィで、かもしれないが)遊んでいる。ギルドに居たときと何の変わりもない。関わり合いになってもろくなことがない、うるさいだけのコントだ。

「行くぞ」
「あ、うん」

少し足を速めてもレビィはちゃんと付いて来る。
今からまた、本を読む彼女を前に酒が飲める。戻ってきた日常に安心して、ガジルは肩の力を抜いた。






幸福は日常にある。それと気付かれないよう、ひっそりと。


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