ナツとルーシィは、ある町役場の非常階段に居た。
一緒に来ていたハッピーは町長の息子に捉まって、仕事は二人に任せる、と攫われて行った。きっと今頃、美味しいものでも食べているのではないだろうか。「仕方ないから」と言いつつ満面の笑みで子供に付いて行ったハッピーを思い出し、ナツは口を尖らせた。
今回の仕事は、非常階段に巣を作った蜂の駆除である。ミツバチだから人が刺されても大したことはないと放っておいたのが運の尽きで、年々大きくなっていく巣にとうとう業者も匙を投げたらしい。
「全く、こんな仕事、なんで魔導士ギルドに来たのかしら?」
ルーシィはかんかん、とヒールを鳴らしながら、ところどころ錆びた手すりを触らないようにして鉄で出来た階段を上っていく。後ろから付いて行くナツは、目の前で揺れるミニスカートが気になって眉根を寄せた。
そんな短ぇの、履いてなくても同じじゃねぇか?
ナツは下に誰もいないことをこまめに確認しつつ、ルーシィのブーツのヒールを注視した。
ふいに、かん、とヒールが止まって、2段上のルーシィが振り返った。
「あれね。ほら、ナツ!ちゃっちゃとやっちゃって!」
「お前な…」
ルーシィがぴ、と指し示した先には、階段を塞ぐように大きく成長した薄茶色の球体があった。表面には液体が流れたような模様があり、美しく見えなくもない。
その大きさが想像以上であったことに目を剥きつつも、兎にも角にもこれで依頼完了だ、とルーシィを押しのけて息を吸い込む。
「火竜の咆哮!!」
「きゃ!?」
火で目が眩んだのか、ナツの背後にいたはずのルーシィが遠ざかる気配がした。巣がきちんと焼けたか視認するよりも先に、ナツはその手を、腕を、体ごと伸ばした。
「あ」
当然の如く階段を踏み外したものの、とりあえずルーシィの体だけはその腕の中に確保する。ルーシィの頭を抱えて、あとは竜の頑丈さを信じるだけ。
がたん!がたがたがた!どす!
「いって…」
ルーシィを抱えたまま、踊り場から一つ下の階まで転落する。
目を開けると、どこまでも青い空に、錆びた階段がオブジェのように伸びていた。
ナツはルーシィの下敷きになったまま確認する。
「ルーシィ!大丈夫か?」
「ん…平気、ありがと」
全くの無傷で、ルーシィが笑う。安堵と同時に、至近距離で交わす会話にふと笑いが込み上げた。
「く、くく…」
「ふ、ふふ、くすくす…」
どうしてだかわからない笑いに、ルーシィも同調する。
肩を揺らすルーシィの髪が風に靡くのを、金色の炎が揺れているみたいだと思って手を伸ばした。
ルーシィがくすくす笑いながらナツの手を追う。
「何してんのよ?」
「愛してる」
まるで初めから用意されていたみたいに、その言葉は喉をすり抜けた。ルーシィが笑うのをぴたりと止める。
「……」
ナツは突然落とされた沈黙にぱちくり、と瞬きした。
「ルーシィ?」
「は、はぁあ!?あんた、なんでそんな平気な顔して…!」
何してるのか聞かれたから答えただけなのに、ルーシィは真っ赤な顔で喚いた。
そんな怒らなくてもいいじゃねぇか。
「いや、そう…思っただけだよ、うっせぇな」
「い、意味わかってないでしょ!?」
「ああ?わかってんよ」
学の無いことを指摘されると、イグニールをバカにされたようで腹が立つ。イラッとして返答しようと口を開いたとき、頭の中に言葉の意味が落とされた。
どくん、と心臓が脈打ち、かかか、と顔に熱が集まる。
「ちょっ、何その反応!?こっちが照れてんのよ!?」
ナツの赤面に慌てたルーシィが、目を見開いて叫ぶように声を上げた。それは照れ隠しのつもりだったのかもしれないが、全くの失言だった。
「え…照れてんのか?」
怒っていると思っていたナツが、きょとん、とルーシィに訊いた。正直にそうです、とも言えず、ルーシィはただその顔を赤らめる。
ナツが楽しそうに目を細めた。
「愛してる」
ルーシィのリアクションが面白くて、ナツはもう一度紡いだ。その言葉が急に熱を持ったように思えて、ナツもまた、赤い頬を濃く塗りかえた。
心臓が自分にしか聞こえない音を奏でているが、もしかしたら接触しているルーシィには、その振動が伝わっているかもしれない。
「あ…あんた、意味…わかってんのよ、ね…?」
ルーシィがもうほとんど涙目で、ナツのベストを握り締めた。
「ん?…楽しいってことだろ?」
言った途端、ルーシィが頬を引き攣らせて半眼になった。
「…あんたやっぱりわかってないわ」
悔しそうに視線を逸らすルーシィに、ナツはこっそり息を吐く。
本当はわかっている。この気持ちを、行動を、他の言葉でなんて表現出来ない。いや、これでもきっと、表しきれない。
恋愛感情は理解出来ないが、今のナツの気持ちが「愛してる」に相当することだけは、本能でわかった。
もう一度言おうとして、口を閉じる。
今のナツじゃ、ルーシィに信用されない。伝わらなきゃ、意味がない。
3回目は、ちゃんと信用を勝ち取ってからだ。
ナツは目標を見つけて、自分の上に乗ったままのルーシィを起こす。こげ茶色の瞳が、ナツと、ナツの背後にある3の数字を映して揺れた。
ナツはそれを見ながら、金色の炎に手を絡めてくるり、と下に向かせる。
巣ごと破壊された非常階段をルーシィに見せないようにしながら、その日が遠いことを悟って覚悟を決めた。