ナツは半歩後ろのルーシィを盗み見た。
カツカツとヒールを鳴らして石畳を歩く金髪は、すっかりマグノリアの街に馴染んでいる。まるで初めからここに住んでいたかのようだ。
「何?」
視線に気付いて小首を傾げる仕草に、手を伸ばしたくなる。しかしその理由も口実も見つからず、ナツは首を振った。
「いや…」
ルーシィは訝しげに目を細めたが、通りの店に目を留めるとナツを促した。
「ほら、一軒目」
色鮮やかな果物が並ぶ店を指し示して、ルーシィがカバンからメモを取り出す。
ミラからお使いを頼まれたルーシィに、ナツは暇潰しについて来た。
空は高く、秋の訪れを知らせている。
思えばハッピーもいない。昼日中に二人きりで街を歩くなどと、記憶にない。気付いてしまえば、ナツは妙に緊張してきた。
いや、相手はルーシィではないか。いつも一緒の。
「オレンジ10個とレモン5個、バナナを…」
淡いクリーム色のエプロンをした女性が、ルーシィの注文に合わせて果物を袋に詰めた。ナツはルーシィに渡されようとした袋を横から受け取って、右手に抱える。みっちりと中身の入った袋は辛いほどではないが重く、先ほどルーシィが言った「一軒目」という言葉が気にかかった。
「お前、これ一人で持つ気だったのかよ?」
案の定、2、3件回った後には、ナツの両手両腕は荷物満載状態になっていた。どう考えても、ルーシィの細腕で運べる量ではない。
ギルドに帰る道を歩き始めたルーシィが、くるり、とナツを振り返った。
「ううん。タウロスか、ロキ呼ぼうと思ってたのよ」
ルーシィの口から紡ぎだされた名前に、ナツの右眉が上がった。
「呼べばいいじゃねぇか」
自分の心とは反対の言葉が口をついて出る。
「えー?あんた運べるでしょ?」
ルーシィはナツを振り返ったまま、後ろ向きにとと、と歩いた。跳ねるようなステップを見送ってルーシィの顔を見ると、なぜだか幸せそうに笑っていた。
「たまにはいいじゃない、こうして二人っていうのも」
日の光を受けた金髪が、風に揺れた。
頬を掻くべき手は、今は荷物で埋まっている。ナツはほんのりと赤くなりながら、隣に並んだルーシィを観察した。
少し前に感じた緊張が再び戻ってくる。
だから、なんで、ルーシィに。
「ねぇ、ナツ…」
何か言いかけたルーシィの肩越しに、きゅるん、と光の渦が出現した。
「やぁ、ルーシィ、ナツ。…買い出し中?」
予想通りの男が口元に笑みを湛えて現れた。そのタイミングにむっとして、ナツは眉根を寄せる。が、ふと思いついて、ロキの腕に持っていた荷物をぎゅ、と押し付けると、にっと笑ってみせた。
「ちょうど良かった。ロキ、頼むな」
「え」
「オレら、これからまだ買うもんあるから」
「え、ちょっ」
ルーシィの腕を掴んで、来た道を戻る。ちらり、と振り返ると、ロキが荷物を抱えなおしてギルドへ歩き出すところだった。
「ちょ、ちょっとナツ?何買うのよ?」
引きずられるようにして歩いていたルーシィが、不満の声を上げた。
頼まれた物は全て買った。ナツはんー、と唸る。
「アイス?」
「もう涼しいでしょ。てかアイスならギルドでだって売ってるじゃない」
「カキ氷?」
「だからもう涼しいってば」
「蟹?」
「なんで蟹っ!?まだ旬じゃないし!」
「じゃあタイヤキ」
「ん、まぁそれなら…って、じゃあって何よ?」
手を放して、ルーシィに歩調を合わせる。引き止めなくても、ルーシィは隣を歩いてくれた。それでも、ナツに疑問を投げかけてくる。
「てか、あたしがついて来る意味ってあった?」
ロキに一方的に荷物を押し付けたことに、罪悪感を感じているのだろうか。ナツはあんことクリームどちらにしようか考えながら、ルーシィに返答する。
「何言ってんだ。ルーシィの場所はオレの隣だろ」
「だ、誰がいつ決めたのよ…?」
頬を朱に染めて、ルーシィが言った。別に怒らせるつもりはないのに、と見当違いなことを考えて、ナツは話題を変える。
「そういえば、さっき何か言いかけてなかったか?」
「え?あ、ああ…」
ルーシィはこほん、と咳払いをしてからナツの目を見た。
「今日、ありがとう。ナツが一緒に来てくれて嬉しかったよ」
にっこりと、ナツを包むように微笑んで、何か大切なもののように丁寧に言葉にした。ナツはその肩口で揺れる金髪を一房指に絡めて、決心する。
「ナツ?」
ルーシィの瞳が、期待するように揺れた。ナツは口にする。
「よし、今日はクリームタイヤキの気分だ」
殴られた上にタイヤキをロキの分まで買わされた。