マグノリアからほど近い町での仕事は、帰りが徒歩になることが多い。仕事先を出たときはまだ赤かった空も、薄墨を一筆二筆重ねるように暗くなっていき、いつの間にやら小さな輝きが溢れている。
ナツは歩きながら両手を頭の後ろで組んだ。
今日は人数制限があったせいで、ハッピーはいない。静かになるかと思われた帰り道は、意外な音楽に彩られていた。
ルーシィは手のひらの中のその柔らかな金属音に、うっとりと聴き入っている。
「『星に願いを』なんて、可愛い星霊魔導士のあたしの為にあるような曲よねー」
「あー、なんか疲れたな、今日」
半眼の視線を受け流し、ナツは肩を大きく回した。
報酬は減らされたものの、がっくりと肩を落としたルーシィを可哀想に思ったのか、依頼主である小間物屋店主が、展示品のオルゴールをくれた。
大衆品で小さい箱型のそれをルーシィはいたく気に入った様子で、帰る道すがらネジを巻いては目を細めて耳を傾けていた。
「あんたももらえば良かったのに」
依頼主はナツとルーシィそれぞれにくれたのだが、ナツは辞退したのだ。
ルーシィの言葉に、ナツはきょとん、と返す。
「お前、2個も欲しかったのか?」
食べられる物ならいざ知らず、こんな物を受け取っても飾る趣味はない。貰われる先はこの隣の金髪に決まっているのに、既に手にしているなら重複して貰う必要はないだろう。
「……」
反応がないルーシィを見やると、ナツを凝視して固まっているようだった。
「どうした?」
「だ、だって、それって…あたしにくれるつもりだったってこと?」
「?当たり前だろ?」
他の誰にそんな物。何を言っているのか、とナツはルーシィを見つめた。ネジが緩んだのか、旋律が段々とゆっくりになってきている。
ルーシィは目を泳がせてから、手の上で緩やかなメロディを奏でる木製の箱に視線を落とすと、その蓋をぱたん、と閉めた。
音が途切れ、虫の鳴くか細い声にとって代わる。
ルーシィは箱をきゅ、と握り締めたかと思うと、こちらに差し出してきた。
「あげる」
「あん?要らねーって」
「いいから」
有無を言わせぬ語調の強さに、とりあえず受け取る。蓋を開けると、先ほどから何度となく聴いた、沁みるような音が流れた。
それは確かに美しく、落ち着く音色ではあったが。
ナツはきりきり、とネジを巻いた。リズムが早くなる。
星に願いを。
ルーシィの意図がなんとなくわかったような気がした。旋律が一度終わったところで蓋を閉じて、差し出す。
「やるよ」
さっきのルーシィと、同じように。
当たった。
どことなく緊張したような表情をしていたルーシィは、ナツの言葉を聞くなり破顔した。
「ありがとう!」
お前が言わせたんだろ、とか。
そもそもこれでオレがあげたことになんのか、とか。
そんなものがどうでも良くなるような笑顔だった。
温かくてくすぐったくて、ルーシィの笑顔が目に焼きついて。ナツは息を飲んでマフラーに口元を埋める。
「お、おう」
マフラーの所為なのか、それとも別の要因なのか。くぐもったそれにナツは頬を赤らめて視線を前に移した。
道の先は夜空に繋がっている。控えめな星達が存在を主張するその光景に、再び金属音が重なった。
こんな言葉遊びでこの幸福が得られるのなら、オレがいくらだって付き合ってやる。星じゃなくて。星座じゃなくて、星霊なんかじゃなくて、オレが。
ルーシィにとって星霊達よりも自分の方が、なんて自信は持てないけれど。それでも、願うなら星じゃなくて自分に、と思ってしまう。
ナツはルーシィのオルゴールを乗せた手を片方掴んで、ゆっくりと指先を繋いだ。