バラが咲いた





「ただいまー」
「ただー」
「おかえりー」

昼過ぎにギルドから帰って小説を書いていた背中に、窓からの帰宅者達が声をかけてきた。
…って。

「ただいまじゃないわよっ!あんたたちの家か、ここはっ!」
「何言ってんだ、ルーシィの家だろ」
「あい」
「帰れ!」

きょとんと返答する一人と一匹にふつふつと殺意が芽生える。出るのはかわいくない、低い声。

「で、何の用よ」
「遊びに来たんだ」

つまり、すぐには帰らない、ということか。半眼で睨んでみても堪えるでもなく、ナツはベッドに腰掛けた。
続きを書くのは諦めて机の上を片付け始めると、ハッピーがパタパタと飛んできた。

「オイラはもう行くよ」
「え?」
「シャルルと約束してるんだ。夕飯も食べてくるよ」

なんだそれは。まるで母親に夜遊びの報告をするかのような口ぶりに文句が出掛かったが、シャルルの以前の態度を思い出して口を噤んだ。二匹の間に実際何があったのかはわからないが、最近は随分仲良くなっている。きっとハッピーの努力の賜物なんだろう。からかおうかとも思ったが、この小さな友人を素直に応援してあげたい気持ちが勝った。

「そう、良かったわね」
「あい!だから、帰るまでナツを預かっててよ」
「ここは託児所かっ!」
「なんだよ、子供扱いすんなよなー」
「じゃ、行ってくるー」
「無視かよ」

ちぇ、と口を尖らせるナツが子供以外の何者にも見えなくて、ルーシィは小さく噴出した。



机を片付けて振り返ると、ナツは胡坐をかいた膝の上に肘を立てて、ハッピーが出て行った窓の外を見ていた。

「紅茶で良い?」
「おう」

やかんを火にかけ、カップとティーポットを用意。カチャカチャと音を立てるそれらに、午後のゆったりとした時間の流れを感じる。結局小説に費やせたのは二時間ほどだったが、それなりに集中できていたようだ。肩に多少のこりを感じ、軽くストレッチする。
どっちにしても休憩は必要だったのね。軽く溜息をついて、傍若無人な不法侵入者達を容認することにした。
テーブルに運ぶとき、ナツがいつになく大人しいのが気にかかった。置いてけぼりが淋しいのかもしれない。カップを手渡して隣に、いつもよりほんの少しだけ近くに座る。

「サンキュ」
「ん。てか、あたしが居るときに来るのって珍しいわね」
「お前、今日帰るの早かったからな。気付いたらいねぇんだもんよ」
「声かけようかと思ったんだけど、グレイと一緒にエルザに怒られてる時だったからさ」
「う」
「全く、懲りないわよねー」
「うっせ」
「そういえば、ハッピーはその時シャルルとなんか話してたんだっけ」
「ん?そうだったのか?」

思えばあの時デートの約束を取り付けたに違いない。何日も前から決まっていたなら、ハッピーはきっとルーシィに一言報告してきていただろう。

「ねぇ、ハッピーとシャルルって、どうなの?」
「どうって何が?」
「ほら、その…告白した、とか恋人になった、とか」
「へ?あ…いや…聞いてねぇけど…」

完全に目が泳いだ。え、てか…。

「顔赤いわよ」
「そ、そういう話、苦手なんだよ」

これは意外。ナツはそういうの気にしないかと思ってた。
引きずられるように赤面しながら、かわいいとこあるじゃん、と思ってみる。こういうの、なんて言うんだっけ…。そうそう、

「ナツって、意外とうぶなのねぇ」

からかうように言ってやると、ナツは奇妙な表情をした。
顔は多少赤いままだが、捨てられた子犬のような…。
視線を逸らし、俯いて、何かに耐えるように声を絞り出した。

「うぶ言うな」

怒っているわけではない。照れてはいるがそういう反応でもない。
心が冷えた。
ナツにそんな表情をさせたのが『うぶ』という言葉だったのはすぐにわかった。でも何が原因なのかはわからない。
わからないけれど、何故だかナツを見ていたくなくて。
ルーシィは自分の視界を遮るように右手をかざして、
そのままうなだれる桃髪に乗せた。
手の下でナツがぴくっと反応するのがわかる。

「うわ、あんたの髪って思ったより柔らかいのね」

撫でたい衝動をそんな言葉でごまかしてみる。
きっとナツは自分があんな表情をしたことに気付いてないだろう。撫でてしまえば…慰めてしまえば、否応なしにナツの傷に触れることになる。
無理やり聞き出すのは抉るのと一緒だ。でも、もしナツから話してくれるなら…。
急に方向転換したような繋がらない会話だったが、話題が変わったことに安堵したのか、ナツが視線を向けてきた。
いつも通りのナツに安心して、でも話す気のないナツにすこしだけがっかりした。
無造作に手を乗せたことで乱れた髪をちょいちょいと直して、手を引く。と、同時に。
ナツが左手を伸ばしてきた。

「ルーシィは…なんかさらさらしてんのな」

頬にかかる髪を指でくるくると弄んでから耳にかけてきた。ナツの骨ばった指先が耳と首筋を掠める。
左手のカップが、ゆらりと揺れた。

「…っ……」

ナツの視線が髪から、耳に。そしてルーシィの瞳に移動したところで。
無意識に息を止めていたことに気付いて、顔が発火したのかと思うくらい熱が集まった。

「な、ちょっ…」

ナツがあわてて手を引いた。
こちらもかぁあ、と音が出そうなほどの赤面を披露してくれる。

「な、なんで、あ、赤くなんだよっ」
「うっさいうっさい、あんたがいきなり触ったりするからでしょー!?」
「お、お前が先に触ってきたんじゃねぇかっ」
「そ、それはそう、だ、けど…っああああ、もぉおお」

カップの中身を胃の中に緊急避難させてみても、枕を抱えて顔をつっぷしてみても、なかなか熱は納まらない。
ナツの指先の感触がリフレインする。なにこれなにこれ。

「…なんだよ、ルーシィこそ」
「?」

涙目になった顔をあげると、ナツが待ってましたとばかりに

「う、うぶなんじゃねぇかっ」

いかにも言ってやったぞ、という雰囲気のナツに、先ほどの表情はない。自分が言うのは初めてなんだろうか?ほんのりと赤くなったまま、しかし得意満面で言い放った姿に、無駄な自信が見え隠れする。
ルーシィは確実に、ナツの『うぶ』に対する思い出が更新されるのを見た。きっと、ナツがこと『うぶ』に関してあの表情をすることはもうないだろう。しかし――自分がその思い出の対象となるとは。
状況は恥ずかしいし情けない。でも自分が役に立ったような気がして間違いなく嬉しい。

胸を占めた感情に戸惑いながら、とりあえず間髪入れずにルーシィはどや顔で待機する彼に言ってやる。

「うぶ言うな!」

カラカラと笑うナツを赤い顔で睨み付けて、ルーシィは形だけ膨れて見せた。






必殺うぶ合戦!


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